第36話 嵐の前の、穏やかな午後——ギルドマスターの手紙と、五人の決意
朝は市場で買い出し。午前は訓練。午後は迷宮攻略か素材の整理。夕方はマーサの工房で装備の調整。夜は円塔のリビングで五人の夕食。
追放されてからまだ二ヶ月も経っていないのに、この生活がずっと続いていたような気がする。
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この日の午後は、全員が思い思いの時間を過ごしていた。
ヴァルがオーリエルの手入れをしている。白銀の刃を柔らかい布で磨く。
「オーリエル。お前はこうして手入れされるのが好きか」
『好むか否かではない。三千年分の汚れが落ちるのは、純粋に快適だ。——主の手が温かいから、なおさらだ』
「お世辞を言うようになったな」
『事実を述べているだけだ』
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ティアが星詠の書架を小さく展開し、翻訳作業をしていた。
「ゼクさん、面白い記録を見つけました。歴代の管理者が日常を記録した日記です。——『今日は迷宮の第七層の刻紋を調整した。昼食は妻の芋の煮込み。美味かった。午後は弟子の訓練。夕方、温泉に入る。温泉の刻紋が誤作動して隣の女性用浴場の壁が透明になった。妻に殴られた』」
「三千年前の管理者も同じことをやっているのか」
「刻紋鑑定の温泉誤発動は、管理者の宿命のようですね」
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ニーナが窓辺で情報網の整理をしている。足元に、リーリアの毛糸玉が転がっている。
ニーナの尻尾が、無意識に毛糸玉をつんつんと突いていた。転がる。追いかける。また突く。尻尾が楽しそうに揺れている。
「ニーナちゃん」
「何だよリーリア」
「毛糸玉、使っていいよ」
「ありがとう」
リーリアが微笑みながら新しい毛糸玉を足元に転がした。
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リーリアが編み物をしながら、時折ゼクをちらちらと見ていた。
「リーリア。何を編んでるんだ」
「マフラーです。——冬に向けて」
「誰の」
「……ゼクくんの」
「俺の?」
「琥珀色の糸で編んでるんです。ゼクくんの目の色に合わせて。——あっ、迷惑でしたか?」
「迷惑じゃない。ありがとう」
リーリアが嬉しそうに頬を赤らめた。編み棒の速度が目に見えて上がった。
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夕方。ギルドからの伝書鳩が届いた。マルクスからの手紙。パーティー全員宛。
手紙の内容は四つあった。
一、枢機卿オルトスが依然として行方不明。引き続き警戒を。
二、カレンデュラ王国から正式な同盟提案が届いた。王国議会で審議予定。
三、ティアの封印の完全解除にはカレンデュラでの協力が必要。女王アルセリアが直接会いたいと要望。
そして——四。
『北方山脈の裏側で、新たな記憶迷宮が三つ発見された。規模は始源の刻印庫に匹敵する可能性がある。——発見された迷宮の入口に、ゼク、お前の家名が刻まれていた。「ベルンマルク」と。お前の両親が、何かを残していた可能性がある』
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手紙を読み終えた五人が、円形テーブルを囲んで座っていた。
オルトスの行方。カレンデュラとの同盟。ティアの封印。新たな迷宮。俺の両親の痕跡。
穏やかな日常の終わりが、手紙の中にあった。
「忙しくなるな」ヴァルが言った。
「ですね」ティアが頷いた。
「情報収集、始めとく」ニーナが立ち上がった。
「準備リスト、作ります」リーリアがメモ帳を開いた。
誰かが号令をかけたわけではない。全員が自分の役割を理解し、自然に動き出した。
「ヴァル」
「何だ」
「俺の両親の手がかりだけど——」
「行くに決まっている。全員で」
ヴァルが当然のように言った。
ティアが頷いた。「わたしも」
ニーナが壁にもたれたまま「あたしも」
リーリアが微笑んだ。「わたしも、です」
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その夜、俺は屋上に出た。
記憶石を握りしめた。夜市の夜の感覚が、掌に蘇る。月光。灯りの海。五人の体温。
明日から、新しい旅が始まる。




