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第36話 嵐の前の、穏やかな午後——ギルドマスターの手紙と、五人の決意

 朝は市場で買い出し。午前は訓練。午後は迷宮攻略か素材の整理。夕方はマーサの工房で装備の調整。夜は円塔のリビングで五人の夕食。


 追放されてからまだ二ヶ月も経っていないのに、この生活がずっと続いていたような気がする。


   ◆


 この日の午後は、全員が思い思いの時間を過ごしていた。


 ヴァルがオーリエルの手入れをしている。白銀の刃を柔らかい布で磨く。


「オーリエル。お前はこうして手入れされるのが好きか」


『好むか否かではない。三千年分の汚れが落ちるのは、純粋に快適だ。——主の手が温かいから、なおさらだ』


「お世辞を言うようになったな」


『事実を述べているだけだ』


   ◆


 ティアが星詠の書架を小さく展開し、翻訳作業をしていた。


「ゼクさん、面白い記録を見つけました。歴代の管理者が日常を記録した日記です。——『今日は迷宮の第七層の刻紋を調整した。昼食は妻の芋の煮込み。美味かった。午後は弟子の訓練。夕方、温泉に入る。温泉の刻紋が誤作動して隣の女性用浴場の壁が透明になった。妻に殴られた』」


「三千年前の管理者も同じことをやっているのか」


「刻紋鑑定の温泉誤発動は、管理者の宿命のようですね」


   ◆


 ニーナが窓辺で情報網の整理をしている。足元に、リーリアの毛糸玉が転がっている。


 ニーナの尻尾が、無意識に毛糸玉をつんつんと突いていた。転がる。追いかける。また突く。尻尾が楽しそうに揺れている。


「ニーナちゃん」


「何だよリーリア」


「毛糸玉、使っていいよ」


「ありがとう」


 リーリアが微笑みながら新しい毛糸玉を足元に転がした。


   ◆


 リーリアが編み物をしながら、時折ゼクをちらちらと見ていた。


「リーリア。何を編んでるんだ」


「マフラーです。——冬に向けて」


「誰の」


「……ゼクくんの」


「俺の?」


「琥珀色の糸で編んでるんです。ゼクくんの目の色に合わせて。——あっ、迷惑でしたか?」


「迷惑じゃない。ありがとう」


 リーリアが嬉しそうに頬を赤らめた。編み棒の速度が目に見えて上がった。


   ◆


 夕方。ギルドからの伝書鳩が届いた。マルクスからの手紙。パーティー全員宛。


 手紙の内容は四つあった。


 一、枢機卿オルトスが依然として行方不明。引き続き警戒を。


 二、カレンデュラ王国から正式な同盟提案が届いた。王国議会で審議予定。


 三、ティアの封印の完全解除にはカレンデュラでの協力が必要。女王アルセリアが直接会いたいと要望。


 そして——四。


『北方山脈の裏側で、新たな記憶迷宮が三つ発見された。規模は始源の刻印庫に匹敵する可能性がある。——発見された迷宮の入口に、ゼク、お前の家名が刻まれていた。「ベルンマルク」と。お前の両親が、何かを残していた可能性がある』


   ◆


 手紙を読み終えた五人が、円形テーブルを囲んで座っていた。


 オルトスの行方。カレンデュラとの同盟。ティアの封印。新たな迷宮。俺の両親の痕跡。


 穏やかな日常の終わりが、手紙の中にあった。


「忙しくなるな」ヴァルが言った。


「ですね」ティアが頷いた。


「情報収集、始めとく」ニーナが立ち上がった。


「準備リスト、作ります」リーリアがメモ帳を開いた。


 誰かが号令をかけたわけではない。全員が自分の役割を理解し、自然に動き出した。


「ヴァル」


「何だ」


「俺の両親の手がかりだけど——」


「行くに決まっている。全員で」


 ヴァルが当然のように言った。


 ティアが頷いた。「わたしも」


 ニーナが壁にもたれたまま「あたしも」


 リーリアが微笑んだ。「わたしも、です」


   ◆


 その夜、俺は屋上に出た。


 記憶石を握りしめた。夜市の夜の感覚が、掌に蘇る。月光。灯りの海。五人の体温。


 明日から、新しい旅が始まる。

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