第35話 月灯りの夜市——五つの記憶石と、伝えられない言葉
エルデの「月灯りの夜市」は、満月の夜に南門広場で開かれる。
普段は閑散としたエルデの広場が、この夜だけは別世界に変わる。
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五人で夜市の通りを歩いた。
ティアが最初にはしゃいだ。「わあ——きれい」
広場一面に、魔導灯と蝋燭の光が揺れている。色とりどりの天幕。ガラス細工の屋台。薬草の香り袋。焼き菓子の甘い匂い。満月の光が魔導灯と混ざり合い、広場全体が琥珀色に染まっていた。
「ティア。記憶は——こういう祭りの記憶は、あるか」
「……少しだけ。カレンデュラにも、月の祭りがありました。お姉さまと手を繋いで歩いた記憶が——断片的に」
ティアの琥珀色の瞳が、灯りの海を映している。
「でも今夜は——もっと、いいです。五人でいるから」
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焼き菓子の屋台で、ヴァルが蜂蜜のパイを買った。一口齧って、目を見開いた。
「——美味い」
「甘いもの苦手じゃなかったのか」
「苦手だ。だが美味い」
「矛盾してるぞ」
「美味いものを前にして退くのは、騎士として敗北だ」
ヴァルが二つ目のパイを手に取った。三つ目も。
ニーナが干し魚の屋台で大量購入し、リーリアが薬草の屋台で素材を買い込んでいる。ティアは古書の屋台で刻銘者に関係しそうな地図を見つけ、目を輝かせていた。
五人がそれぞれの好みで買い物をし、時折合流して戦利品を見せ合う。
冒険者パーティーというより——家族の夜の散歩だった。
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夜市の端に、小さな宝飾品の屋台があった。
琥珀のアクセサリーが並んでいる。エルデ近郊で産出される天然琥珀を加工したものだ。ペンダント、ブローチ、耳飾り。内部に太古の虫や植物が封じ込められたものもある。
だが俺の目を引いたのは、その隣の屋台だった。
「記憶石」と看板が出ている。迷宮から産出される特殊な鉱石で、中に思い出を一つだけ封じ込められる。石に触れるたびに、封じた瞬間の感覚が蘇るという。
老職人が丸い石を削りながら言った。「一つにつき銅貨十枚。安いもんだよ。大事な思い出を永遠に残せるんだから」
「五つください」
全員が俺を見た。
「五人分だ。——全員で同じ思い出を封じよう。今夜の、この景色を」
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五人で記憶石を握りしめた。
満月の光。灯りの海。笑い声。焼き菓子の匂い。五人の体温。
目を閉じて、この瞬間を感じる。
二ヶ月前、俺は一人だった。Aランクパーティーを追放され、ゴミスキルの鑑定士として、行く宛もなくエルデに流れ着いた。
ヴァルは冤罪で騎士団を追われ、一人で半年を耐えていた。
ティアは記憶を失い、自分が誰かもわからないまま放浪していた。
ニーナは奴隷の焼印を背負い、誰も信じずに生きてきた。
リーリアは自分の弱さに打ちのめされ、贖罪のために俺を探し続けていた。
全員が、何かを奪われた人間だった。
だが今——五人でここにいる。月の下で、石を握りしめて、同じ瞬間を共有している。
記憶石が、かすかに温かくなった。
「封じられた」ティアが石を見つめて微笑んだ。「——今夜の思い出が」
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夜市の帰り道。月明かりの下を五人で歩く。
ティアが左手で記憶石を握りしめながら、右手で俺の袖をつまんでいた。
「ゼクさん」
「ん」
「わたし、記憶を失っていた時間が長かったから——新しい思い出を作るのが、すごく大事なんです」
「ああ」
「今夜の思い出は——わたしの人生で一番です」
ティアの目が潤んでいた。月光が涙を銀色に変えている。
「記憶を封じられていた一年半、何も覚えていなかった。名前だけ持って、誰かもわからないまま歩いていた。——それがどれだけ怖かったか。暗い道を、一人で」
「ティア——」
「でも今は、五人です。隣にゼクさんがいて、ヴァルさんがいて、ニーナさんがいて、リーリアさんがいる。もう——一人じゃない」
涙がこぼれた。
俺はティアの頭にそっと手を置いた。翡翠色の髪が指の間を流れる。
「一人にはしない。約束する」
ティアが声を上げずに泣いた。俺の袖を握る手が、強くなった。
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後方で、ヴァルが黙って歩いていた。
ニーナが小声で聞いた。「あんた、行かなくていいのか」
「……今は、ティアの時間だ」
「殊勝だな」
「殊勝じゃない。——順番を待っているだけだ」
ヴァルの碧い瞳が月明かりを映している。その手の中で、記憶石が静かに光っていた。




