表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/66

第35話 月灯りの夜市——五つの記憶石と、伝えられない言葉

 エルデの「月灯りの夜市ムーンライト・マルシェ」は、満月の夜に南門広場で開かれる。


 普段は閑散としたエルデの広場が、この夜だけは別世界に変わる。


-----


 五人で夜市の通りを歩いた。


 ティアが最初にはしゃいだ。「わあ——きれい」


 広場一面に、魔導灯と蝋燭の光が揺れている。色とりどりの天幕。ガラス細工の屋台。薬草の香り袋。焼き菓子の甘い匂い。満月の光が魔導灯と混ざり合い、広場全体が琥珀色に染まっていた。


「ティア。記憶は——こういう祭りの記憶は、あるか」


「……少しだけ。カレンデュラにも、月の祭りがありました。お姉さまと手を繋いで歩いた記憶が——断片的に」


 ティアの琥珀色の瞳が、灯りの海を映している。


「でも今夜は——もっと、いいです。五人でいるから」


-----


 焼き菓子の屋台で、ヴァルが蜂蜜のパイを買った。一口齧って、目を見開いた。


「——美味い」


「甘いもの苦手じゃなかったのか」


「苦手だ。だが美味い」


「矛盾してるぞ」


「美味いものを前にして退くのは、騎士として敗北だ」


 ヴァルが二つ目のパイを手に取った。三つ目も。


 ニーナが干し魚の屋台で大量購入し、リーリアが薬草の屋台で素材を買い込んでいる。ティアは古書の屋台で刻銘者に関係しそうな地図を見つけ、目を輝かせていた。


 五人がそれぞれの好みで買い物をし、時折合流して戦利品を見せ合う。


 冒険者パーティーというより——家族の夜の散歩だった。


-----


 夜市の端に、小さな宝飾品の屋台があった。


 琥珀のアクセサリーが並んでいる。エルデ近郊で産出される天然琥珀を加工したものだ。ペンダント、ブローチ、耳飾り。内部に太古の虫や植物が封じ込められたものもある。


 だが俺の目を引いたのは、その隣の屋台だった。


 「記憶石メモリアストーン」と看板が出ている。迷宮から産出される特殊な鉱石で、中に思い出を一つだけ封じ込められる。石に触れるたびに、封じた瞬間の感覚が蘇るという。


 老職人が丸い石を削りながら言った。「一つにつき銅貨十枚。安いもんだよ。大事な思い出を永遠に残せるんだから」


「五つください」


 全員が俺を見た。


「五人分だ。——全員で同じ思い出を封じよう。今夜の、この景色を」


-----


 五人で記憶石を握りしめた。


 満月の光。灯りの海。笑い声。焼き菓子の匂い。五人の体温。


 目を閉じて、この瞬間を感じる。


 二ヶ月前、俺は一人だった。Aランクパーティーを追放され、ゴミスキルの鑑定士として、行く宛もなくエルデに流れ着いた。


 ヴァルは冤罪で騎士団を追われ、一人で半年を耐えていた。


 ティアは記憶を失い、自分が誰かもわからないまま放浪していた。


 ニーナは奴隷の焼印を背負い、誰も信じずに生きてきた。


 リーリアは自分の弱さに打ちのめされ、贖罪のために俺を探し続けていた。


 全員が、何かを奪われた人間だった。


 だが今——五人でここにいる。月の下で、石を握りしめて、同じ瞬間を共有している。


 記憶石が、かすかに温かくなった。


「封じられた」ティアが石を見つめて微笑んだ。「——今夜の思い出が」


-----


 夜市の帰り道。月明かりの下を五人で歩く。


 ティアが左手で記憶石を握りしめながら、右手で俺の袖をつまんでいた。


「ゼクさん」


「ん」


「わたし、記憶を失っていた時間が長かったから——新しい思い出を作るのが、すごく大事なんです」


「ああ」


「今夜の思い出は——わたしの人生で一番です」


 ティアの目が潤んでいた。月光が涙を銀色に変えている。


「記憶を封じられていた一年半、何も覚えていなかった。名前だけ持って、誰かもわからないまま歩いていた。——それがどれだけ怖かったか。暗い道を、一人で」


「ティア——」


「でも今は、五人です。隣にゼクさんがいて、ヴァルさんがいて、ニーナさんがいて、リーリアさんがいる。もう——一人じゃない」


 涙がこぼれた。


 俺はティアの頭にそっと手を置いた。翡翠色の髪が指の間を流れる。


「一人にはしない。約束する」


 ティアが声を上げずに泣いた。俺の袖を握る手が、強くなった。


-----


 後方で、ヴァルが黙って歩いていた。


 ニーナが小声で聞いた。「あんた、行かなくていいのか」


「……今は、ティアの時間だ」


「殊勝だな」


「殊勝じゃない。——順番を待っているだけだ」


 ヴァルの碧い瞳が月明かりを映している。その手の中で、記憶石が静かに光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ