第34話 迷宮経済学——信頼できる商人と、鑑定士への直接依頼
冒険者の生活は、迷宮の攻略と素材の売却で成り立っている。
エルデの経済は特にそうだ。町の収入の六割が、迷宮素材の流通と冒険者の消費に依存している。ギルド支部長のガストンが「迷宮がなければ、この町はただの辺境の集落だ」と言っていたのは誇張ではない。
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先週攻略した小規模な記憶迷宮から持ち帰った素材を、ギルドの鑑定部門に持ち込む日だった。
ギルドの鑑定士ヘンリーが素材を確認していく。刻銘者の魔石三つ、古代の羊皮紙四枚、機能する古代照明具が一つ。合計で金貨百七十枚相当。
だが教会の監査規定がまだ撤廃されておらず、大型遺物は保留扱いだ。
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素材の売却後、ニーナが流通経路の分析結果を共有した。
「エルデで買い取られた素材は、中間業者を二段階経由して王都に運ばれ、最終的に三倍の値段で取引されている。——あたしたちが直接王都に卸せば取り分は増えるが、輸送と護衛のコストを考えると割に合わない」
「つまり、中間業者は必要悪か」
「悪とは限らない。——信頼できる商人を一人見つけて、専属の取引相手にする方が効率がいい。素材の真贋鑑定ができて、流通網を持っていて、教会に頭を下げない骨のある商人。そういう奴が一人いれば、あたしたちは攻略に集中できる」
「心当たりは?」
ニーナが牙を見せた。
「ある。——ロッコ・バルディーニ。元王都の宝石商。三年前に教会と揉めて王都を追い出され、今はエルデで細々と古物商をやっている。スキルは【真贋の目】。物品の真偽と品質を即座に見抜く。ランクC。地味なスキルだが、商売には最強だ」
「教会と揉めた?」
「教会が横流しした迷宮遺物を『偽物だ』と見抜いて公表した。報復で免許を剥奪されたんだ。——つまり、教会に媚びない男。あたしたちとは相性がいい」
リーリアが目を輝かせた。「会計と流通を任せられる人がいれば、わたしは経理に集中できます。ロッコさんに会いに行きましょう」
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ロッコ・バルディーニの古物商は、エルデの東区画の路地裏にあった。
小さな店だが、棚に並ぶ品物はどれも質が高い。四十代後半の痩せた男で、鷲鼻と鋭い目が特徴的だ。
「ゼク・ベルンマルクか。噂は聞いている。記憶迷宮を攻略する鑑定士だと」
「素材の流通を任せられる商人を探している」
「俺に何の得がある」
「記憶迷宮の深層部からしか出ない素材を、独占的に扱える。——他の冒険者には持ち出せない品だ」
ロッコの目が光った。商人の目だ。
「独占か。——面白い。条件を聞こう」
交渉はニーナが主導した。取り分の配分、輸送の手配、教会の監査への対応。ニーナの情報網とロッコの流通網が噛み合えば、中間業者を介さずに王都の上客に直接素材を届けられる。
「よし、乗った。——ベルンマルク、お前の鑑定で出土品の真贋証明書をつけてくれ。俺の【真贋の目】とお前の【刻紋鑑定】のダブル鑑定なら、王都のどの買い手も文句は言えない」
「了解だ」
握手を交わした。ロッコの手は硬かった。教会に潰されても折れなかった男の手だ。
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ロッコとの取引が成立した帰り、ロッコが棚の奥から革の肩掛け鞄を引っ張り出した。
「おい、ベルンマルク。一つ、面白いものがある」
使い込まれた革鞄だ。外見は何の変哲もない。だが俺の指先が反応した。鞄の革に、微弱な刻紋が宿っている。
「これは——記憶迷宮の出土品か」
「さすが鑑定士。三年前に教会と揉める前、王都の闇ルートで仕入れた代物だ。中に空間拡張の刻紋が施されている。見た目はただの鞄だが、内部容量は馬車一台分ある」
「空間収納鞄か」
「正式名称は知らんが、そういうことだ。冒険者には垂涎の逸品だが、商売道具にするには目立ちすぎる」
ヴァルが鞄を手に取った。持ち上げると軽い。中を覗くと、底が見えないほど深い闇が広がっていた。
「遠征に持っていけば、テントも食料も装備も全部詰め込める。——いくらだ」
「あんたらとの取引の前祝いだ。タダでいい。——ただし、迷宮の出土品は今後すべて俺を通してくれ」
「乗った」
こうして五人パーティーは、空間収納鞄を手に入れた。エルデの朝市で買い込んだ琥珀桃も干し魚も、ヴァルの予備の鎧も、リーリアの薬草の大量在庫も、すべてこの鞄一つに収まる。
ニーナが鞄の中にどこまで入るか試して、半身を突っ込んだまま出られなくなったのは翌日の話だ。
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ギルドに戻ると、支部長のガストンが手を振った。
「ゼク、お前宛の依頼が三件溜まってるぞ」
「掲示板か?」
「掲示板じゃない。全部指名依頼だ。——お前に直接来てる」
依頼書を受け取った。
一件目。エルデの商家から。「所有する古い壺に記憶迷宮の出土品が混じっていないか鑑定してほしい。報酬: 金貨三枚」
二件目。近隣の領主から。「領地内で発見された古い石碑の刻紋を解読してほしい。報酬: 金貨十枚」
三件目。ギルド本部経由で。「王都の博物館が所蔵する刻銘者の遺物の再鑑定。報酬: 金貨五十枚。王都への渡航費別途」
「全部指名か。——俺のスキルがそこまで知られてるのか」
「記憶迷宮を攻略したのはお前だけだからな。刻紋が読める鑑定士は、少なくともこの大陸に他にいない。——まあ、エルデの街中で刻紋鑑定の需要はそう多くないが、遠方からの依頼は今後も増えるだろう」
ヴァルが俺の隣で依頼書を読んでいた。
「三件目の金貨五十枚は大きいな」
「だが王都に行くと教会の目に触れる。今は避けた方がいい」
「一件目と二件目を受けよう。近場で稼げる」
「ああ。——ありがたい話だ。追放されたEランク鑑定士に、指名依頼が来る日が来るとはな」
「Eランクの看板は、もう降ろしていいと思うが」
「降ろさない。——この看板が、俺の原点だ」




