そして悪魔は恋を識る22【最終話】
「いや…それよりお前は、俺がずっとお前を恨んでいるのを承知で正体ばらしたんだ。…覚悟はできているんだろうな」
見せつけるようにパキパキと指の関節を鳴らしながら脅してやると、ルクレアが目に見えて怯えた。
「…に、煮ようが焼こうが好きにして!!」
脅える癖に威勢の良い返事をするルクレアに、口元が緩む。
「いい度胸だ…歯ぁ食いしばって、目瞑っとけ」
固く目を瞑ったルクレアの頬に手を当て
――そして、そのまま唇を重ねた。
ルクレアとのキスは、初めてじゃない。
キスなんてただ唇を重ねるだけの接触だ。大したことはない。
昔自身のフェロモン魔法の効果を確かめる為に、エンジェのふりをして近所の悪がきに口づけをして実験をしたことさえあるくらいだ。…あん時は怒って泣きわめくエンジェの対応が面倒くさかったな。しかも悪がき、フェロモン魔法の効果関係無しに、それがきっかけでエンジェに惚れちまうし。いや、実に面倒臭かった。結局エンジェが引き籠っているうちに別の女に惚れて解決したから良かったけど。
目的の為なら男との口づけも、不快ではあったが、それでもさして気にすることなく行うことが出来た。相手が女だったら、なおのこと。それくらい俺にとって、キスは大した行為ではなかった。
キスなんて、ちっとも特別な行為じゃねぇ。
それなのに、俺は今、そんな特別でない筈の行為に歓喜していた。
唇と唇が触れ合った箇所が熱を持ち、その熱が全身に広がっていく。
知らなかった。
好きな女とする口づけが、こんなにも幸福なものだなんて、知らなかった。
「…デイ、ビット?」
目を開き戸惑うルクレアから、唇を離して俺はルクレアに微笑みかける。
「――愚姉と入れ替わったら、俺はひたすら勉強して、次の文官試験を受けるつもりだ。それに合格して、文官として働いて貴族を目指す――11年前、お前に宣言した通りに、な」
――なあ、ルクレア全部お前のせいだよ。
お前のせいで、俺の人生は滅茶苦茶に狂ったんだ。
お前に会わなければ、俺は今頃片田舎に住む、どこにでもいる普通の男でいれたのに。普通の男として、貴族を目指すなんて大それた野望を抱くこともなく、同じような日々を過ごすだけの平凡な人生を送っていたはずなのに。
お前のせいで、俺の人生はすっかりおかしくなっちまった。
だから、責任とれよ。
「自力で貴族の身分を勝ち取ったら、誰も文句は言わねぇだろ」
「…文句って、何の?」
「…11年前、話したあれだよ」
責任とって…お前の時間を俺に寄越せよ。
11年だ。11年もずっとお前に囚われて来た。
なら、お前もこの先同じだけ――いや、その何倍もの時間を俺に寄越せよ。
俺がお前に向けるよりも、強い感情を俺に寄越せよ。
これからずっとお前から時間を、感情を奪い続けること。――それが、初恋を滅茶苦茶にしたお前に対する、俺の復讐だ。
「なあ、ルクレア」
拒絶なんかしないだろう?だって好きだと、俺の隣にいたいと言ったもんな。
好きにしろと、そう言ったもんな。
なら、俺は、お前の全てを奪うぞ。
お前を、お前の人生全てを、俺の物にする。
だから、ルクレア。
「最後はボレア家当主まで上り詰めるっつーのも、野望の到達点としては十分過ぎると思わねぇか?」
だからルクレア――どうか、俺と結婚して下さい。
何年も、何十年も――いつか死が二人を分かつその時まで
どうか、ずっと、俺の隣にいて下さい。
「ねえ、デイビット…それってどういう意味?」
顔を真っ赤にして、唇を震わすルクレアから、視線を逸らす。
「…分かるだろう。察しろ」
顔が熱い。俺の気持ちなんか、わざわざ言わなくても、分かるだろう。…聞くな。
…だいたいいつもいつも、俺ばかりが、お前に振り回されているんだ。
もし俺がそれを言わないことで、少しでもお前に対して精神的に優位に立てるというなら、言わないままでいてもいいだろう。
少しはお前も、俺のことで振り回されればいいんだ。
「分かるけど――言って、欲しい」
ルクレアのバイオレットの瞳が、懇願するように向けられ、思わずみじろく。
「デイビットの口から、聞きたい――答え合わせがしたいんだ。私が期待しているそれが、本当に正しいのか」
そして訪れる沈黙。
沈黙が、視界に入れてなくても分かるルクレアの視線が、ちくちくと俺に突き刺さる。
ああ――畜生。
俺の、負けだ。
「――好きだっていう意味だよ。…言わせんな、馬鹿」
その日俺は、十一年もの間胸の奥で消えることなく燻り続けていた、最初で最後の恋を識った。




