9話
「全く眠る必要がないわけではないわ。個人差もあるけど1週間に1度、体内時計を調整するために2、3時間程度眠ればいいくらいよ。……まあ、中には寝ることが好きで寝てばかりの吸血鬼もいるけど」
後半、瞳が寂しそうな表情を浮かべたことに浩一は気付いた。だが、無意識に彼女はそれを話すことを拒んでいるように感じた。本人がそのことについて話さない以上、浩一がそれに対して聞くことはフェアではない。そう考えた浩一は彼女に言及することはなかった。そういったところで、浩一はドライだった。
「……私はそろそろ帰るわ。何かあったら連絡してね」
瞳は小さく微笑むと帰って行った。呼び止めようにも、ここで呼び止めるわけにもいかなかった。いずれ聞けば良いだろう。浩一はそう思い、軽く手を振って見送った。
「さて……俺も帰るか」
残された浩一も帰ることにした。暗い闇の中を歩いて帰る途中、公園に通りかかった。昨日、自分が吸血鬼になる場所となった公園である。と、そこで急に頭に声が響いた。
(よう、浩一)
「っ!?」
急に声が頭に響いたために浩一はビックリしてその場に尻もちをついてしまった。幸い周りには誰もいないため、誰にも見られることもなく恥ずかしい思いをしなくて済んだ。
「はあ、ビックリした……。オイ、俺だよな? 一体なんだよ」
道路で独り言のように、話していると周りから変に思われると思った浩一はポケットから携帯電話を取り出し耳に当てると、通話をしているように見せかけることにした。
「これで良しっと……で、何だよ」
浩一は携帯を耳に当てたまま公園の中の外灯の下にあるベンチに腰を掛ける。あまり歩きながら話すのが苦手であり、落ち着いて話したかったからだ。
(ああ、御前の吸血鬼としての可能性に惚れ惚れとしていたところだ。ご苦労だったな)
「御前に褒められたくて戦ったんじゃない。それより何だよ。御前の事を良くはわからないが、御前が俺ならそんなことを言うためだけに話しかけてきたわけじゃないだろ?」
浩一は少し面倒臭そうに言う。良くも判らない相手に好意的に話すほど浩一はお人よしではない。それが例え恩人と呼べる相手であっても、自分と名乗る人物だとしてもだ。
(まあ、そう言うな。これは御前にも関係がないわけじゃないからな)
「関係がないわけじゃない?」
浩一は少し疑問に思った。今まで何度かこの声を聞いては来たが、それはあくまでも自分に関係する事柄のみの話だったからだ。だが、今回は御前にも関係がないわけじゃないと言った。つまり、自分以外の事柄に関する話ということである。
(ああ、そうだ。近くに吸血鬼が1人死にかけている、というだけだからだ)
「……はっ!?」
声の主はあまりにも軽く言う。その言葉には緊迫感も緊急性も感じられず、その重要性に対する温度差に浩一は素直に疑問の声を投げつけた。
「何だよそれ!? なんでもっと早く言わないんだよ!!」
(御前が知りたい事柄かどうかは判らないのでな。あくまでも、今起こっている事柄として、御前に話しただけだ)
もう1人の自分と話していると、浩一は頭が痛くなってきた。もう1人の自分というのは、人間のことも吸血鬼のこともどうとも思っていないのではないかと納得せざるを得ないからだ。
「どこだ!? どこにいるんだ、一体!!」
(助けたいのか?)
「当然だ!!」
(……本当だな?)
この時、浩一は考えが及ばなかった。何故声の主は態々反復して同じことを聞いたのかを。それは、本当は触れてはいけない鍵に触れるようなもの。もし、触れてしまったら、2度と戻っては来られないと言うことを。
「早く教えろ!! 早くだ!!」
(分かった。教えてやろう。俺の指示通りに動け)
「頼むぞ!!」
そう言うと浩一は携帯電話を仕舞うと立ち上がり、走り始めた。
(さっき入ってきた公園の入り口を左手だ)
「分かった!!」
公園を出て浩一は家とは逆方向、先ほどまで歩いてきた道を逆走し始めた。
「次どっちだ!?」
(右だ)
浩一は夜9時、田舎の沈み始めている街中を走っていく。田舎のため、人通りは限りなく少ないが、それでも夜の道を全力疾走すれば嫌が応にも目立つ。だが、そんなことは言っていられなかった。
「このまま真っ直ぐ走ればいいのか!?」
(次の路地裏への道は判るな? そこだ)
「わかった! この奥だな」
その言葉を最後に、頭の中に声は聞こえなくなった。夜9時で日の光が入らない路地裏は暗闇に溢れていた。
「ここか……」
暗闇で何が待っているか分からない中を慎重に歩いていく。周りにはエアコンの室外機やゴミ箱が道を塞いでいたが。それでも暗い中をずっと走ってきたおかげか目も周りの闇に慣れており、更に吸血鬼としての力のおかげか、視界は思った以上にクリアであった。そのおかげか障害物で転倒することも、ゴミ箱を蹴ることもなく進むことが出来た。
「……」
浩一は一歩一歩、慎重に歩みを進めていく。その中で考えていた。もし、死にかけている吸血鬼を見つけたらなんといえば良いのだろうか。誰かが死にかけていると聞いて、と素直に答えられるだろうか。誰から聞いたと言われるだろうか。偶然こんなところを通るだろうか。
「……ちょっと変だろうけど、正直に言うか。っと……あれ?」
浩一は前方、50mほど先に誰かが座っているのを見た。足をだらりと伸ばし、肩で息をしているのが遠くから見ても判るほどだった。それを見た浩一は、見つけたらなんと言えば良いのか等という疑問と不安を即座に捨て去り、走り出す。ただ、何とかしないといけない。それだけを彼は考えていた。
「オイ!! 大丈夫か!?」
「お、お主は……誰じゃ?」
浩一は近くで見て、改めてその状況に絶句した。肩や腹、顔は血で濡れて地面に血が混じり彼の体を汚しており服も殆どの部分が裂けて、肌の露出の方が多いほどだった。
「一体何があったんだ!?」
「お主……ワシを知らんのか」
「は?」
「いや……何でもない……。すまんが、力が入らん。肩を、貸してくれんかの……?」
男は左腕を伸ばす。浩一はその腕を左腕で掴むと、首の後ろに腕を通し右手で男の背中を支える。
「すまんの……」
「別に良いから……あ」
立った際に、浩一の懐に入っていたボトルが地面に落ち、金属の音を鳴らす。丈夫であったおかげか、割れることはおろか、へこむことすらなかった。
「それは……お主、もしや吸血鬼か?」
「え? ああ、そうだけど……」
「それは……血か? カインの血なのか?」
男は力を振り絞って縋りつくように浩一に聞く。
「あ、ああ。そうだよ。さっき倒したカインの血の残りだ」
「すまんが、それをワシにくれんかの……?」
浩一は迷いなくボトルのキャップを外すとそれを男に渡す。
「飲めよ、ゆっくりな」
「すまんの……何から何まで」
「ふう、少し落ち着けた」
「そりゃ良かったな」
浩一は男の顔を見てみると、少し落ち着いたのか。先ほどまでのような緊迫感は抜けてリラックスしたように感じられる。全身の傷からの出血も多少ではあるが治まっていた。
「助かった……少し楽になった」




