8話
浩一が巨大な蠍のようなカインを殺し、絶叫していた時だった。路地裏の奥へと行っていた瞳が帰ってきた。彼女もまた路地裏の奥で浩一と同様にカインを倒している。だが、浩一と比べて外見上で傷らしい傷は見られず、服の汚れも見当たらなかった。彼女は金属製のボトルを2つ手に持って戻ってきた。
「麻生君?」
「ハハハハハハハハッハハハハハハハハ……かわ、し」
瞳に声をかけられて浩一は瞳のほうを見る。川島、と呼ぼうと声をかけたときには彼は気を失ってしまった。元々カインの肩に脚を掛けていただけのため足場は悪く、そのまま地面へと落ちてしまう。
「危ない!」
瞳は手にボトルを持ったまま、一跳びすると、一瞬で浩一の真下に移動した。瞳はそのまま浩一の首と膝の裏を手首の部分で支える、所謂お姫様抱っこで浩一の落下を防いだ。
「麻生君……ん?」
瞳は浩一の右手に握られていた血鬼斬を見つける。その大ぶりな刃は禍々しく光を放っていた。だが、彼女はこの状況を不審に思った。
「……吸血鬼の知識の無い彼が、何故血鬼斬を知っているのかしら」
どうも浩一は知識の優先順位があべこべだった。実戦向きであるとか知識が偏っているなどでは語りつくせない。何よりどうやって吸血鬼になったかも判らないのだから。
(本部で調べてみる必要があるかしらね)
瞳が考えにふけっていると浩一が眼を覚ます。最初は寝ぼけ眼なのか、眼をショボショボとさせていたが段々と自分の顔と瞳の顔の近さとお姫様抱っこをされていることに気付き慌て始めた。
「のわっ!? か、川島!?」
「起きたのね、麻生君」
「いや、あの、その……なんで俺はお姫様抱っこされているんだ?」
「麻生君が落ちそうになったからよ」
瞳は浩一の男としての尊厳を護ってくれるのか、浩一が起きたことを確認すると、すぐに下ろしてくれた。
「それにしても凄いものじゃない」
正直に瞳が言う。2度目の戦いでこれだけの大量の武器を持つカインと1対1で戦い、殺し、生き残るなど誰にでも出来ることではない。精々、負傷し死なないで帰還出来れば良い方だ。下手をすれば死ぬ。ましてや、解放もなしで勝つなど。
「川島も……戦ってきたのか?」
浩一が聞く。瞳には傷らしい傷がどこにも見当たらないどころか着ている制服には傷も汚れもない。全身に傷を負い、また血を大量に浴びてしまったために真っ赤になったワイシャツを着ている浩一とは大違いだったからだ。
「ええ。まあ私はそれなりに吸血鬼として生きてきたしね。あ、後これ」
そう言うと瞳は自分の左手に持っていた銀色のボトルを浩一に渡す。受け取ってみると中には何か入っているのかボトル以外に液体の重さを感じた。
「これは?」
「見ての通りのボトルよ。カインの血はある程度は日持ちするし、それなら隠し持つにも目立たないし。中々壊れないものだし持っていくと重宝するわよ」
「良いのか? 貰って」
「ええ。お祝い、なんていうつもりは無いけど貴方の役に立てばと思ってね」
瞳は笑顔を浮かべて浩一に言う。その笑顔は普段はクールな彼女としては珍しいものだった。浩一も照れくさいのか、顔を背ける。
「あ、ああ……ありが、とう」
「良いのよ。さて、そろそろ帰りましょう。麻生君のその制服も何とかしないとね」
浩一は改めて自分の服装を見てみる。真っ赤に染まったワイシャツは学校で教師に見られれば生徒指導に引っかかることが間違いない服装だと言うことは容易に予測できた。
「傷も治るかな……」
「カインの血も飲んだし、少し寝れば明日には治っているわ。大丈夫よ。さ、行きましょう」
瞳はそういうと元来た道へと歩き出す。後に続こうとした浩一は、ふと右手に持っていた自らの血鬼斬を見る。持っていくわけにはいかず、かと言ってこの場に置いていくのもまずいと感じた。
「川島、ちょっと良いか?」
前を歩いていた瞳は振り返ると、浩一の元へ戻ってきた。
「何かしら?」
「このナイフ……どうすればいいんだ? 持っているわけにもいかないし」
「ああ、血鬼斬ね。大丈夫よ。麻生君、どこか傷はある?」
浩一は先ほどのカインの刃で負傷した左肩を出す。先ほどカインの血を飲んだおかげか、血は止まったが、赤黒い血と傷がまだ残っており、その様子は酷くグロテスクだった。
「……悪い」
「良いわよ。ちょっと待って」
そう言うと瞳は浩一の血鬼斬の刃を浩一の肩にあてる。ひんやりとした刃の冷たさに気持ちが良いと思った時だった。血鬼斬は段々とその形を失い始めていた。
「あ、あれ。傷が……?」
「血鬼斬は本人の血液を元に作ったものだからね。処理の方法も、本人に戻すことが一番安全で確実なの」
瞳がそう言うと、彼女が持っていた浩一の血鬼斬は無くなっていた。浩一は自分の左肩に触れてみるも、先ほどの痛みもなければ血も止まっていた。
「これが、一般的な血鬼斬の処理方法よ。戦いが終わったら邪魔になるし。基本的にはこうしているの。覚えておいてね」
「あ、ああ」
そう言うと、今度こそ浩一と瞳は帰路に就く。しかし、それはまたしても浩一が歩くのをやめたことで妨害された。
「どうしたの?」
「いやぁ……その……ワイシャツが気持ち悪くて」
瞳は浩一のワイシャツを見て見る。それは、見た目は普通のごくごく普通な、紅いワイシャツだ。だが、すぐに瞳は浩一の言いたいことが分かった。
「……ああ、確かにね。麻生君、家に替えのワイシャツはある?」
「一応はあるけど」
「じゃあ、とりあえずどこかでTシャツでも買ってくるわ。どこかで待っていてくれる?」
「俺も一緒に行く?」
「いや、やめておいた方が良いと思うわ」
浩一は何故? と、頭にクエッションマークを乱立させているが、瞳が鼻を抑えるモーションを見て答えが出た。今は周りに人が居ないので良いが、人とすれ違う時に血の匂いを出していれば119番通報されるのは容易に予想できる。
「……さっきの路地裏に隠れてるから安いTシャツで良いから買ってきてくれる?」
「良いわよ」
そう言うと、浩一は先ほどまで居た路地裏に隠れると、瞳は走って行った。それからモノの5分ほどで全国規模の有名な服屋の袋を手にした瞳が戻ってきた。浩一は、瞳から袋を受け取ると着ていたワイシャツを脱ぎ棄てて瞳の買ってきた蒼いTシャツを身にまとった。
「悪いな、川島。後で金返すから」
「別に良いわ。それより、明日の宿題やった?」
「え?」
浩一は瞳に声を掛けられて肩を震わせる。宿題に関するキーワードが頭の中に浮かばずポカンとしてしまったためだ。
「知らなかったの? 明日の国語の授業で前に出したプリント。明日までよ」
「プリント? ……ああ、そういえばあったなー……」
瞳に言われて思い出す。明日の国語の授業でプリントを3枚提出する必要があるのだった。と言っても、プリントの宿題が出たのは3日前であり、他の授業の自習時間や暇なときなどに終わらせていた浩一は困ることはなかった。まじめで成績優秀な遥はともかく尚樹が宿題をやっているとは思えなかったが。
「川島は?」
「私はもうやってあるわよ。眠る必要も殆んどないからね」
そこで睡眠について瞳に聞いていなかったことに気付いた浩一は質問をしてみることにした。浩一の頭の中では吸血鬼が寝るイメージというのがあまり浮かばなかったためである。
「そう言えば聞いてなかったけど、吸血鬼って眠らなくても生きていけるのか?」




