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7話

「ガハッ! なっ……なんだ?」

 肺の中の空気が全て無くなりそうな感覚に襲われながらも、浩一は周りを見てみる。月夜の灯りしかない、空間の中に、ソレはいた。全長はざっと3メートルを優に超え、蠍に似た姿をしていた。色は銀色に近く、手にあたる部分には大きな刃が付いている。一番目を引くのは脚であった。蜘蛛とも、サソリとも言えないような大量の脚にビッシリと細かい棘が付いている。

「オマエは……」

「ハンターノ匂イヲ追ッテココマデ来タガ、ドウヤラ当タリノヨウダナ」

 まるで金属の音がシャリシャリと絡み合うような、不快な音。それを無理やり流したような音が浩一の全身に響く。

「ハァ……ハァッ、ハァッ」

 身体にまるでまとわり付いて離れないような恐怖。それが浩一の全身を包み込んでいた。嫌な汗をかく。全身の血が引いていくような寒気。首を絞められたわけでもないのに感じる息苦しさ。それは目の前の化け物、カインが作り出した空気そのものだった。


怖い、逃げたい。その思いはあるのに、接着剤が足の裏に付いているかのように、見えない糸に全身を縛り付けられたかのように、身体が動かなかった。


「ヤハリ、当タリダナ。死ネ」

 カインは右手に相当する刃を浩一の肩から袈裟懸けに切ろうとする。

「っ!! うわぁあああああああ!」

 浩一は凍えそうな身体を無理やりに動かす。利き脚である右足に無理やり力を込めて後方に跳ぶ。だが、なりふり構わず跳んだために先ほどのように受身も取れず背中から地面へと全身を叩きつけてしまった。

「グハッ!!」

 浩一は前方、先ほどまで居たところを見てみる。そこには既にカインの刃がアスファルトに突き刺さっていた。あれほど巨大な刃が突き刺されば自分の身体など原形も留めず、簡単にグチャグチャにされることが浩一は容易に予測できた。

「ホウ、カワシタカ」

「何なんだよ、一体……ハァッ、ハァッ」

 浩一は頭の中でどうするか考える。逃げるのが一番だが、あの巨体では一歩一歩の歩幅も大きいことが考えられ逃げきることは難しい。かと言って戦うとしてもどうやって戦うか。昨日持っていたようなナイフを今は持っていない。よしんば持っていたとしても戦う術など浩一は持っていない。浩一は必然的にカインの攻撃をかわすことを優先し、反撃の隙を見つける。それしか対抗策を練ることができなかった。

「……」

「来ンノカ? ナラバ我ガ先ダ!」

 そう言うとカインは右手の刃を再び振り上げると浩一に向けて叩きつけるように振るう。浩一は右手に拳を作ると、振り下ろされたカインの刃をカインの懐に潜り込むように接近してかわし、カインの大量にある脚の1つを右手の拳で殴りつける。だが、殴りつけた脚に生えていた大量の棘は浩一が殴りつける寸前、急速な勢いで伸びた。その棘は、最早針と呼べるほどであり、その針は浩一の拳に何本も突き刺さった。

「ガアァッ!!」

「コンナモノカ、貧弱ナハンターガ!!」

 そういうと、カインは自らの左手に当たる部分のもう一対の巨大な刃を浩一の頭に向けて振り下ろす。浩一はカインの右腕が頭の上で動く音を捉え、咄嗟に左後方へと跳ぶ。だが、カインの攻撃に完全に対処することは出来ず、巨大な刃の先端が浩一の右肩へと喰い込んでいった。

「グッ……ガハァァァアァアアアアアアア!!」

 まるで熱せられた鉄の棒で叩きつけられたような、焼け付く痛み。そしてドクドクとした温かな血の感触。今まで感じたことのないような血の1滴まで分かるような感覚。それが浩一の頭を満たした瞬間だった。

「グッ……ガウガァアアアアアアアアアア!!」

「ン?」

 浩一は左肩に喰い込んだ刃に右手で触れる。正確には自らの肩からドクドクと溢れ出る血に。最初は指先、次に掌。右手が自らの血で段々と真っ赤に染まっていく。だが、その染まった右手の掌の血は浩一の掌の中心へと集中していった。その血は力を持ち、いつしか大振りのナイフへと姿を変えた。

「グルルルゥウゥゥウウウウウウウ!!」

 その瞬間、浩一はまるで自分を縛る枷が外れたかのように、獣のように唸り声を挙げる。浩一は空いている左手で自らの肩に喰い込んでいるカインの刃を掴み、そして持ち上げる。

「ウウウウウウゥオオオオオオオオオ!!」

「ヌウッ!?」

 浩一の急な動きにカインは反応できず、刃を上げられて隙が出来る。浩一は先ほどのように接近すると大量の棘だらけの脚に取り付く。カインは先ほどのように脚の棘を伸ばし、浩一に突き刺そうとした。だが、今度は先ほどのようにはいかなかった。手に持ったナイフ、血鬼斬(けっきざん)でカインの脚の棘を切り裂くと、更に脚本体を斬りつける。打撃に対する耐性はあるものの、斬撃に対する耐性は無いのか、小枝でも切れるかのように簡単に斬れる。

「グゥウウッゥウ!!」

 斬られたカインの脚からは大量に血が噴き出し、周りの壁やコンクリートの地面をどす黒い血で濡らしていく。

「まだだァアアアアアア!!」

 浩一はカインの真正面に位置する脚を切り裂くと、次にその両隣の脚も続けざまに切っていく。すると当然のごとく身体の前面を支える脚が無くなり、前のめりに倒れる。

「グッ!!」

 カインは顔面から倒れることは防ぐために、右手に値する刃を地面に突き刺す。巨大な刃はそれ自体で先ほど浩一に斬られた脚の代わりになるには十分なものだった。

「オノレ……ナニ!?」

 姿勢制御を何とか完了させたカインが前方を見てみると、そこにもう浩一はいない。だが、その居場所はすぐにわかることとなる。背中側の脚が切られる激痛によって。

「ヌァアワアァァァアアア!! ナラ、バ?」

 と、そこまで言い掛けてカインは気づいてしまった。今は前のめりになっている状態で地面に刃を突き刺して姿勢を保っているが、もしここでその姿勢を崩せば間違いなく身体は前のめりに倒れてしまう。かといって、このまま放っておけば全ての脚を斬られて全身を斬り裂かれるのも時間の問題と思った。

「ドウスレバ……」

 カインが次の行動を考え、その中から最良の選択肢を選ぼうとしたとき。ふと、首元に冷たい刃の感触を感じた。

「ハッ!?」

「……フフッ」

 姿勢を崩しているために前のめりになっている状態のカインの後ろ足を切った浩一はそのままカインの背中を上り、大きな肩と背中に位置する部分に脚を乗せ、逆手に持った血鬼斬を首元に当てる。

「よう、確か俺も御前も、互いに血が要る存在だったよな。なら、これも当然、だろ?」

 それは浩一がカインに言った最後の言葉だった。浩一は首筋に当てたナイフを躊躇なく引っ張る。筋肉の繊維なのか虫の骨格なのかも判らない、細い繊維の千切れる音と脚を斬った時以上の大きな血の噴出する音。浩一は頭のない、血の噴出口となった首に手を突っ込むとそのままカインのどす黒い血を自らの口に運ぶ。手を血溜りに突っ込んだ際に血が飛び、浩一のワイシャツを汚すが、最早そんなことは気にしていなかった。血を飲み、その血が全身を廻ったその瞬間、浩一の身体は今まで感じたことのないような満たされた感覚に襲われる。それは、例えるならば砂漠の中で水を飲んだ瞬間のような、スポンジが水を吸い尽くすような感覚。

 そして細胞の1つ1つが歓喜するかのような、進化していく感覚。堪らず、浩一は笑ってしまった。

「ハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハ……」

 だが、その笑みは決して喜びだけではなかった。戦いが終わったことによる冷静さは浩一の頭の中でグルグルと答えを探していたのかもしれない。もう帰れない場所にまで来てしまったのだと。ただ、それを認めたくはなかった。まだ、認めるには幾分も時間が必要だった。


(まさか、自力で血鬼斬を作り出すとはな。俺が一度手本を見せたとはいえ、あのヒントだけで……予想以上だ。この分だと自力で解放まで行えるかな……。このまま育てよ。浩一)

 浩一の中に居る黒い自分は自分自身を褒め称えていた。しかし浩一がその言葉を聴くことはなかった。

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