6話
浩一が瞳と話しを終えたその日、授業を全て終わらせた後に直樹と遥、そして瞳の3人と一緒に遊びに行くことになった。その日はバイトもなく、授業の予習や復習をするほど浩一は真面目な学生ではない。放課後という学生に与えられた平日の数少ない余暇時間を人間らしく楽しもうとしていた。
「なあ、浩一」
「あ? どうした?」
近くのカラオケに行くことになった4人は先にコンビニに来ていた。そこで女子2人が飲み物を選んでいる間、既に会計を済ませて外で待っていた直樹は浩一に声をかけていた。ちなみに直樹はコーラを、浩一は烏龍茶を既に買っている。
「今日の朝、川島さんとどこ行っていたんだ?」
「ん? 屋上だけど」
「御前、また屋上行ったのかよ」
「ああ」
直樹は浩一の悪癖を知っている。浩一は授業をサボるようなことはしないが、休み時間や放課後に時々鍵の掛かっている屋上の鍵を開けては屋上に行っている。別に煙草を吸うわけでも、酒を飲むわけでも喧嘩をするわけでもない。ただ、寝転がって空を見ているだけである。普段鍵がかけられている屋上に危険を冒してまで態々入ろうとする者など浩一くらいのものだった。教師に見つかったら恐らく職員室に連れて行かれるのは間違いないだろう。
「ああって、御前な……」
「とりあえず普通に提出物は出しているし、テストも一応赤点は出さない程度にはしている。ばれなきゃ何とかなるよ」
「まあ、御前はな」
と、話していると女子2人がコンビニから出てきた。遥はアイスティー、瞳はレモンティーを持っていた。
「お待たせ、じゃあ行きましょう」
「おう。……やっぱ、」
と、そこまで言おうとしたとき急に喉が干上がる飢えと刃のような鋭さを浩一は感じた。
「な、何だ。……?」
「どうした? 浩一」
「いや……なんか、」
「……ごめんね」
浩一が直樹に返事をしようとしたとき、急に瞳が3人に声掛けてきた。それと同時に浩一の腕に瞳の腕が絡まれる。そのような事態に慣れていないためか、浩一はドギマギとして素っ頓狂な声をあげてしまった。
「か、川島?」
「私、麻生君と用事があったのを思い出しちゃったの、カラオケはまた今度で良い?」
「え? 浩一、そうなの?」
遥が浩一に問いかけてくる。浩一は今の状況についていけなかったが、瞳の言いたいことはなんとなくわかったので口裏を合わせることにした。
「あ、ああ。そうなんだ。今日は川島に教えてほしいことがあるって頼まれてたんだ。わ、悪いが今日は2人で行ってくれるか?」
「本当? ……何か変なことでもするつもり?」
「大丈夫よ。そんなことしたらすぐ警察呼ぶから。じゃあね、須藤君、上條さん」
そう言うと瞳は浩一の手を引いて走り出す。遥は訝しみながら、尚樹は苦笑いをしながら手を振り、浩一と瞳は彼等と別れる。
「ちょ、ちょっと川島!」
「麻生君も判るでしょ? そのために態々あんな芝居までしたんだから」
川島は先ほどまでの様子から急に雰囲気が変わる。まるで氷のような冷たさを浩一は感じていた。
「一体どこに行くんだよ!?」
「近くの路地裏よ。そこの奥の」
瞳はそう言いながらも走り続ける。走っている最中に2人は離れ、浩一も自分で走り出す。瞳は走っている最中に、持っていたジュースを途中にごみ箱に捨てていった。
「……ここね」
5分ほど走り続けて、ようやく着いたのは人気の無い雑居ビルと中華飯店の間にある広い裏路地だった。路地裏はかなり広く、人が5人は並んで歩いても余裕があるほどである。周りを見渡しても誰も居らず、また街頭が1つ小さなものがあるだけで暗い空間だった。
「川島……?」
「何か、感じない? 麻生君」
言われて、浩一が裏路地を見る。中は暗く、何も見えないが何故か、ソレが判った。
血の臭いが。
「っ……!!」
「判ったでしょう? 血の臭い」
「何で……こんなのが」
「麻生君が昨日見た化け物よ。それに、そろそろアナタも感じているでしょ?飢えを」
「飢え? そんなはずは……」
と、言おうとしたが何故か言い当てられたように、浩一の喉は既に干上がっていた。おかしいと思い浩一はそれまで手に持っていた烏龍茶を飲んでみる。味はする、水分も感じる。なんだ、ただ喉が渇いていただけかと浩一思った瞬間だった。すぐに喉が干上がった。
「なっ……?」
まるで焼けた石に水をかけたような、一切の水分を蒸発するような拒絶。身体に変化は無い。だが。それは明らかな異常だった。
「昨日の今日だからね」
となりの瞳が言う。見ると、持っていた学生用の鞄からウィスキーでも入れるような銀色に輝くボトルを取り出していた。
「始めて吸血鬼になるとそうなるのよ。身体の中の血が入れ替わり始める。早めにカインの血を飲まないと、乾いて死んでしまうわ。言ってなかったけど、吸血鬼になってこれを知らないで人間の血を飲んでも効果が無く、死んでいった。なんて吸血鬼の話も聞いたことがあるわ」
恐ろしい話だ。と、浩一は思ったのと同時に、瞳に会わなかったら自分もそうなっていただろうと思った。
「さて、行きましょうか」
「ま、待て川島!」
瞳が裏路地へと歩き出したのを見て浩一が止めに掛かる。瞳は怪訝な表情をしながら振り返った。
「どうしたの?」
「また、昨日みたいな怪物を殺すのか?」
「ええ、そうだけど……どうかしたの?」
「いや……その」
浩一の喉の渇きは今も継続して続いておりこのままではどうしようもないことは自分でも分かっていた。だが、かといって、あの化け物を殺せるのだろうかという問いは常にあり続けた。昨日は異様な状態になり、何故か殆ど記憶も無いままにあの怪物を殺した。あのようなことをもう一度やれるのだろうか。頭の中で浩一はそのことをずっと考えていた。
「俺、は」
「じゃあ、ここで待っていて。私も余裕を持ってそろそろ血を飲まないといけないし。……いつでも戦えるようにしないといけないしね」
そういうと瞳は今度こそ振り返ることもせずに走り出す。浩一は声を掛ける暇も無く、1人きりになってしまった。
「行っちまった……」
浩一は1人呆然として立ち尽くしてしまった。かと言って、そのまま瞳と一緒に同じところに行く度胸も無かった。浩一は怖がりというわけではないし、むしろスリルを味わうのが嫌いではなかった。だが、彼は暴力を嫌う。ましてや、昨日の夜までは普通の高校生だった存在だ。そんな彼に、いきなり怪物を殺すなど出来るはずが無かった。
「どうしよう……」
と、考えていた時だった。浩一は自分の身体に強烈な痛みを感じた瞬間、その身体は宙に浮いていた。
「なっ……!?」
痛みよりも疑問が先に上がった浩一は一瞬の浮遊感を感じた後、地面に叩きつけられた。浩一は背中と腕、脚に締め付けられたような酷い痛みを感じていた。急なことだったために、受身を取ることも出来ず辛うじて後頭部を打ちつけないようにすることが精一杯だった。




