5話
「気にしないで。年なんて経ててもたいしたものじゃないから。むしろ、人間の密度のある生活の方が、私はすごいと思うし」
瞳は笑いながら言うが、そんなものなのだろうかと浩一は思った。恐らくだが、例え同い年でも、目の前の少女には勝てないだろうと心の中で察した。
「聞きたいことはこれで終わり?」
「……何を聞いたら良いのか分からない、って言うのが正直な感想だな……今は」
「それでいいと思うわ。また聞きたいことがあったら聞いて。教えられることは教えるから」
瞳はそういうと一呼吸つくと、再び口を開く。すると先ほどまでの笑顔は消え、真剣な表情を浮かべた。
「次は、私が質問してもいいかしら?」
「ん? あー……そういえば、なんか俺にも聞きたいことがあるとか言っていたな。でも、俺に答えられることなんてたかが知れていると思うけど」
浩一は瞳から聞いた言葉を頭の中で整理しながら、あまり気も込めずに言った。
「良いのよ。簡単な人探しだから」
そう言うと瞳はスカートのポケットから写真を一枚出し、浩一に手渡す。写真の中には右目と口元に傷がある男がいた。黒く短い短髪でよく見ると首元にも傷跡が生々しくあった。
「この男を探しているの。麻生君、知らない?」
「んー……?」
こんな男が歩いていたら間違いなく誰でも覚えているはずだと内心思った。浩一は知らないと答えて写真を瞳に返すと、質問に答えた。
「恋人?」
「違うわ。知らないのならしょうがないし。もし見かけたりしたら教えてもらえる?」
「ああ、分かった。教えるよ」
瞳は真剣な表情を崩して笑顔となる。その表情を見て安心したのか、浩一は背伸びをする。そのまま腕時計を見てみると時刻は8時40分。今日は一限目がないので時間には余裕があるが、直樹や遥が来ていることが予測できた。
「川島、教室戻るか」
「ええ、そうね」
浩一と瞳の2人は並んで屋上を下り始めた。そこで、浩一は「何故、学校に来たのか」ということを聞くことを忘れていたが、後で聞けば良いかと思い、あえてその場で聞くことをしなかった。だが浩一がそれ以後、その質問内容を思い出すことがなかった。
聞けば運命が変わったかもしれない。しかし、聞かなかった運命は、そのまま歯車を動かし続けた。
「……間に合うか……」
そこには、暗い空間が広がっていた。左右をビルに挟まれ、自分の身長をはるかに超えるほどの巨大なビルにはエアコンや配管に用いられるパイプが無数に用いられ、それらは異様なほどに絡み合い、蚯蚓のような印象を与えた。そんな空間に彼はいた。漆黒の長い髪の毛に体中のいたるところに生傷がある。中でも、右頬に出来ている十字傷は彼の印象を大きく変えていた。本来であれば、笑えばクールな印象を与えるであろうその顔も、傷のせいで凶悪さと凶暴さをかもし出してしまっている。着ている服は全体的に引きちぎれ、最早布の面積のほうが肌よりも少なく、服としての機能を果たしてはいなかった。男は壁にもたれかかるように座り、顔や腕、胸部から流れ続けている血が泥や土と混ざり合い、自らを汚していた。
「クッ……」
男は壁にもたれ掛かったまま、膝の力で無理やりに自分の体を立ち上がらせようとした。だが、それは生まれたての小鹿のように膝から崩れ落ちる。また、駄目だった。と思うと同時に男は自分自身をひどく惨めに感じてしまった。周りに誰も居ないことが本当に救いだった。最も、本当に周りに誰か居れば、男は先ほどまで持っていたプライドを全て捨て、恥も外聞もなく助けを求めたであろう。男はそれほどまでに追い詰められていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
男は今居る環境、状況、それら全ての想像という怪物の隣に座っている。もし、ここで敵に捕まってしまうことがあれば、同胞は確実に駆逐されてしまう。かと言って、今この場を動くことは出来ない。
「……アンタか?」
ふと、自分の耳が言葉を拾った。今、この空間にいるのは周りを見渡しても誰も居ないことから恐らくそれは自分に掛けられた言葉なのだろうと予想が出来た。まず自分の今の状況と、あらゆる状況に対処しようと考えると、意を決し、彼は声の主を見る。
もう、既に夜であるその空間では、その声の主は男だということしかわからない。だが、普通の人間がこんなところに来るはずは無いと判断した。そして、声の主との距離が5メートルまで縮まった頃、声の主が顔を表す。黒く、短い髪の毛に標準的なこの国の学生が着るであろうワイシャツを着てスラックスを履いていることが確認できた。はっきり言って道に迷った学生にしか見えなかったが、男にとって今頼れるのは眼の前の少年しかいなかった。
「……お主は誰じゃ。何故ここに居る?」
「死にそうな奴って……?」
声の主は先ほどと同じように問う。どうやら追っ手ではないらしく、それが判っただけで安心したのか、ドサッという音を立てて男は再び尻餅をついてしまった。
「儂はアル……いや、名乗るほどの者でもない。呼びにくかったら爺さんとでもジジイとでも好きに呼べ」
「そうか……。まあ、別に良いけど。あ、俺は浩一、麻生浩一だ」
浩一は後に傷だらけのこの男と出会う。この出会いは偶然であった。だが、この偶然は後になれば偶然では済まされない必然であり運命だった。しかし、この運命を運命と知ることは浩一には無かった。
数奇な運命から、決してありえない方法で自ら吸血鬼になった吸血鬼、麻生浩一
自らの強すぎる力故に、とある組織からの十字架と鎖に縛られる、吸血鬼、川島瞳
2人とも気づきなどしなかった。全てが終わり始めていることを




