4話
「…………あっ!!」
浩一が目を覚ますとそこには見知った天井が迎えていた。夢にしてはいやに現実味がある夢であり、胸に刺された指の痛みも、左手の手首が鈍い音を立てて折れた感覚も、異形の化け物の首を切り裂いたナイフのズブリとした感触も全てが鮮明であまりにもリアルすぎた。全身にびっしょりとかいた汗は不快感を通り越して嫌悪感すらした。
「……あ、そうだ学校」
時計を見てみると7時30分を過ぎていた。比較的規則正しい生活をしている彼としてはあまりにも遅い時間だった。
「ヤバいな。間に合うかな……」
浩一は一瞬食事を取ろうかどうか考えたが、時間が無いと判断し食事を摂ることを諦めると、すぐにワイシャツを着て黒のスラックスを履く。いつもと同様の薄い鞄を持ってすぐさま自転車に乗ると学校に向かった。時間に余裕が無かったので力を込めて立ち漕ぎで走り始めた。
「……あれ?」
そこで浩一は気がついた。普段であれば走り始めて比較的早い段階で息が上がり、すぐに汗もかく。だが、今日は違った。息は上がらず汗を少しもかかなったからだ。それでありながら普段よりも確実に速い速度を保っていた。
「どうなっているんだ? 一体」
思い当たることがあるとすれば、1つしかなかった。昨晩の出来事……の夢。化け物、血、ナイフ、折れた左手首、指、黒い自分、川島瞳。
「そうだ……。俺は昨日、川島に会った」
勿論、浩一は昨日のことが夢だったと思っていた。否、そうでなければ。自分が自分でないと分かれば、あまりにもグロテスクな記憶に自分という柱が確実に崩れてしまうことは確実だった。だが、それではこの不可解な感覚と状況を説明づけられなかった。馬鹿にされても良い。とにかく、昨日のことが現実であった可能性もゼロではないのであればその可能性も否定しなければならなかった。
「……って言っている傍から着いちまったな」
時計を見てみると8時少し前と、普段よりもはるかに速い時間で着いてしまった。浩一は学校に着くと自転車を駐輪場に止め、すぐさま教室へと向かった。教室にはまだ生徒はまばらにしかいなかったおかげか、浩一の探していた人物はすぐ見つけることが出来た。
「川島」
浩一は躊躇せず瞳に声をかける。話しかけられた瞳は机に座って本を読んでいた。
「何?」
「聞きたいことがある。ちょっと付き合ってもらっていいか?」
浩一は素っ気なく言ったが、瞳は特に気にした様子はなかった。もっとも、浩一の頼み方は聞く者によっては勘違いされる内容であったが。
「良いわ。私も、あなたに聞きたいことがあるから」
「じゃあちょっと屋上に来てくれ」
話す内容が内容であったので、浩一は普段誰も来ない屋上へと瞳を案内した。屋上の鍵は掛かっていたが安物でガタガタと軋むソレは少し動かすだけで簡単に外れた。屋上は落下防止のための金網がある以外はだだっ広いだけの空間である。
「さて、ここで良いな。悪いな、付き合わせて」
「別にいいわ。今日の授業は一時限目休みだし。それで聞きたいことって何?」
瞳は特に飾りもしなければ浩一を訝しがることも無かった。浩一は少し躊躇いながらも彼女に話しかける。
「川島、聞きたいことがある。昨日、直樹達と出かけた後何処に行った?」
「何を言っているの? 私達昨日の夜公園で会ったじゃない」
瞳は何も考えていないように浩一に言う。浩一は一瞬、昨日のことを思い返すが、そこまでは確実に記憶がある。次に浩一は核心に触れることを聞いた。
「川島、変だと思ったら答えなくていい。俺がどうなったか分かるか?」
「……あなた、誰かに吸血鬼にしてもらったんじゃないの?」
疑問の色を含んだ瞳の言葉を聞いた瞬間、言葉の衝撃のためか浩一はふらつき、倒れそうになった。昨日のことが嘘ではないと言われたようなものだったからだ。
「お、おい。川島、吸血鬼って何なんだよ?」
「ホントに知らないのね……。あなたは人間じゃない。吸血鬼よ。因みに、私もね」
瞳の告白は衝撃的だったが、ソレについて浩一は思っていた以上に驚きはしなかった。その白い肌に蒼い髪の毛は人間離れしていたからだ。だが、問題は吸血鬼という単語そのものだ。
「今、俺も御前も日の光を浴びているのに、何で死なないんだ?」
「日の光? ……ああ、世間一般の吸血鬼のイメージね。大丈夫よ。実際の吸血鬼は日の光を浴びても死なないし、聖水や十字架に弱くもない。……まあ、感覚機能は高くなっているから、ニンニクが苦手な吸血鬼はいるかもね。心臓に杭を打たれたら……まあ、吸血鬼じゃなくても死ぬわね」
瞳は今までが静かだったので、この弁舌に浩一は驚く。だが、その弁舌も吸血鬼が日の光を浴びても死なないことよりも、何よりもその名の由来である1つの行為が気になった。
「川島、俺は一生人間の血を飲まないと。人間を殺さないと生きていけないのか?」
これが浩一の一番の問題であった。人間を殺さなければ生きていけないのだとしたら、その宿命に耐えられるのか。もし我慢しすぎたら死んでしまうのか。それとも理性を失い、全て殺しつくすのか。浩一はそんなことを考えていたのだった。
「麻生君に質問するけど、人の形をしていたら殺せない?」
「どういう、ことだ?」
「麻生君が昨日殺した化け物。吸血鬼、ブラッドカインと言うのだけどね。私達吸血鬼、ブラッドハンターはあのカインの血を吸うことでのみ生きていけるわ」
ブラッドカイン、ブラッドハンター、血を吸う、人の形。グルグルグルグルと頭の中を無数の単語が廻っていく。浩一は軽く頭痛を覚え、それと同時に自分の心の底、肉体の根底にある異常な力を感じた。それはまるで身体の中から溢れてくるような違和感だった。それがより自分の異常さを掻き立てさせていた。
「その……カインって言うのは一体何なんだ?」
「カインは人間の悪意、負の感情が練りかたまり、形を成したモノよ。カインも吸血鬼でね。世間一般で言われる吸血鬼はこのカインに近いかしら。異形な姿の化け物で人間とハンターの血を吸う、という意味ではね」
「……そう、なのか」
「ちなみに、血を飲む周期は私たちもカインも1日から2日に1回くらいのペースかしらね。量は……そうね。私達は大体500ml位かしら。それくらい飲めば普通に過ごせるわ。カインはその範疇に入らないけど」
瞳の言葉を1つ頭の中に入れたら、代わりに大事な記憶が消えてしまいそうな衝動に浩一は駆られる。試験勉強のときにはほとんど動かないような頭が、今はフル稼働で新たな単語を必死に覚えようとしていた。そうでなければ、本当に死んでしまう。勿論未だに納得は出来ないが。
「やっぱり、吸血鬼は不老不死なのか?」
「それはないわ。私達の肉体のベースはあくまでも人間の体だからね。生きられても1000年位。それでも人間と比べれば膨大な時間を生きられるわ。個人差はあるけど、大体10年かけてやっと1歳成長する程度よ」
「じゃあ、お前は……」
浩一の言いたいことを察知したのか、瞳は人差し指を立て、口に当ててから言う。
「女性に年は聞かないこと……と言いたいところだけど、別にいいわ。私は今164歳の1847年生まれ。生きていればエジソンと同い年だわ」
浩一は余計に頭が痛くなっていた。色々なことがありすぎて思考が追い付かなくなった浩一はとにかく思いついたことを口にした。
「……敬語を使った方がいいのか?」




