28話
「……愛?」
「そうだ、愛ってやつだよ。……まあ、良いや。御前達2人は愛のために死ぬんだからさ」
そう言ってジャックが剣を握った瞬間だった。突如中華飯店の扉が開け放たれた。だが、その扉を開けたのはこの戦いに臨んでいた吸血鬼の誰でもなかった。その人物2人は青の上下の制服にエンブレムの付いた帽子を被って拳銃を握っていた。
「動くな、警察だ!」
浩一と瞳がジャックの背中越しに見たそれは警察だった。傍から見れば浩一と瞳が傷だらけで居るが、2人も武器を持っている。しかも2人の得物は銃刀法違反で捕まるには十分すぎるほどのものだ。
「あーあ。今回はここまでみたいだね。残念だ」
と言うとジャックは後ろを振り向き警官2人と対峙する。
「武器を捨て、両手を頭の上で組みなさい」
「はいはい、武器捨てれば良いのね。解」
ジャックがそう言うとジャックの剣は元の血鬼斬としてのナイフの形に戻る。警官2人がそれに驚き拳銃を下に向け、一歩引いた時だった。ジャックは血鬼斬の刃を人差し指と中指で挟むとそのまま警官の1人に向かって投げつける。
「なっ!?」
浩一が驚く中、投げつけられた血鬼斬は警官の1人に突き刺さる。だが、ジャックはそれで止まらなかった。血鬼斬を投げつけた瞬間にもう1人の警官の元へ走る。その場にいた警官2人は先ほどの血鬼斬の投擲とジャックの動きを見切ることが全く出来なかった。苦し紛れに銃を撃つも、まるで鰻のように動くジャックを捉えることは出来ず、警官の顔面にジャックの膝がめり込む。
「グゥッ!!」
顔面に膝蹴りをくらった警官はその痛みに顔を覆う。ふと、その時浩一は見た。その警官の全身から微小な黒い泡の様なモノが出始め、それが頭の上に集まりだしていくことを。
「川島……あれは?」
「あれ、って。何の事を……っ、言っているの……っ」
そう言うと、瞳はその場に倒れ込みそうになる。
「川島!」
浩一は刀を離すと倒れ込みそうになった瞳の身体を支える。瞳の身体は冷たく、辛うじて息をしていることが浩一にとって唯一の救いだった。その瞳は今何の事を言っているのか、と聞き返してきた。
(俺にしか、見えてないのか?)
浩一がそう思った時だった。まるでトマトが落ちてグチャリとしたような音がその場に響いた。見てみると膝蹴りをくらった警官の頭にジャックのブーツが乗っていた。だが、本来顔のあるはずの位置にはジャックの足しかなかった。と、その時だった。
「グァアォァォァアアアアアアアアアアアアアア!!」
先ほど浩一が見た、微小な大量の黒い泡が集まっていた空間が風船を割ったかのように弾けた。そして、その場に化け物が生まれていた。ソレは全長3mを超えている巨大な犬のような姿だった。全身の色は蒼を基調としており両肩の部分には警官が使う拳銃を何十倍もの大きさにしたような銃口とその後ろの部分には6連式のマガジンが付いていた。そして、何より顔の部分。その部分だけはまるで切り取った影のように黒い空間となっており、何十人もの皮の剥がれた人間の顔面や腕や脚が浮かんでいた。そしてその大量の顔の下には歯の無い口がグロテスクに存在している。
「あーあ、生まれちゃったのか。面倒だなぁ……」
ジャックはため息をつきながら言う。元凶はジャックにあるが、そんなことを言っている場合ではなかった。
「ま、まさかカイン!?」
「そうだね。とりあえず、興も削がれたし。俺は帰るよ。他の連中は……まあ、良いや。なんとかしてもらうし。もし会ったら……まあどうでもいいから適当に帰って来いって言っておいて。じゃあね」
そう言うと、ジャックはカインを尻目に2人に手を振って外に行ってしまう。その場に残った犬のカインは眼の前の浩一と瞳を見据えていた。
「くそっ……戦うしかないか」
浩一は瞳を横たえると刀をもう一度握る。浩一は以前見た大量の脚を持ったカインを思い出す。あの時みたカインと比べると理性というものが欠落しているように見えた。その上禍々しい程に光る銃口が不気味に光っている。
「俺がやるしかないか……!」
先ほど警察が来たことからして、このまま時間をかけすぎると人が集まりパニックになると踏んだ浩一は早急にカインを倒すため刀を構える。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「ワォアァォオオオオオオオオォオオオオオ!!」
犬のカインが雄叫びを上げると浩一に向って突進してきた。浩一は回避しようと考えたが、後ろに瞳が居ることを思い出す。かわしてしまっては倒れ込んでいる瞳に狙いをつけられる可能性が高い。
「チッ!!」
浩一は回避をやめて刀を水平に構えるとカインの突進を受け止める態勢を作る。犬のカインは浩一に激突する数m手前で大きくジャンプすると、左前脚に生えた巨大な3本の爪で斬りかかる。浩一は斬りかかってきた爪を刀で防ぐと同時に刀に巻かれた包帯をある程度解き、犬のカインの左前脚を捉えようとする。だが、犬のカインはそれには眼もくれず、もう一方の右前脚の爪で浩一に斬りかかってきた。
「なっ、クソ!!」
浩一は包帯でカインを捉える事を諦めると、最初の左前脚の攻撃を防いでいたままの刀を、質量を無視して無理矢理横薙ぎに払うことでカインを後ろに飛ばす。後ろに瞳が居ることを考えると後方に引いて距離を取ることも左右にも無闇に動くことも出来ないからだ。と、考えているその時だった。前方の犬のカインからガチャリという音がする。
「ん……?」
「フゥウウウウウウウウ……」
カインは先ほどの獰猛な凶暴さを抑え、まるで何かを狙うかのように落ち着きを払っていた。
「まさか……!!」
浩一はカインに向けて再び刀を構える。その瞬間、前方のカインの両肩の銃口から大きな火花を上げて、弾丸が浩一へと放たれた。だが、それは弾丸と言うよりは最早砲弾と言って差し支えない程巨大なものだった。
「いっ!!」
右肩の銃口から放たれた砲弾は浩一から大きく外れて中華飯店の壁に突き刺さり、左肩の銃口から放たれた砲弾は浩一の手前数㎝の位置に着弾した。砲弾の突き刺さった地面には大きな亀裂が出来、破片を周りに散らしていた。その被害は銃弾が当たった被害では決して済まされないものだった。頭に当たった場合、脳が弾けるどころか脳が爆ぜることは容易に想像できた。
「……っ!!」
浩一は全身から嫌な汗が一気に噴き出していた。小さな弾丸と比べれば刀で弾くことは出来ないことはない。しかし、刀を砲弾に当てることは出来たとしてもあの弾丸の速度と質量だ。刀が折れる可能性が高いうえに、万一外れて腕や足に当たれば間違いなく骨は粉砕されて筋肉もつぶれることが予想された。だが、浩一の思考は前方の犬のカインの次弾装填を告げる音によって中断させられることとなった。
「クッソぉおおおおおおおおおおおおお!!」
浩一は意を決し、接近することを決める。一歩目はまるで全身に糸が巻き付けられているのではないかと思うほど動かなかった。だが、眼の前の状況にそんなことは言ってはいられなかった。浩一は怒声とともに走り出すと眼の前の犬のカインを見る。砲弾発射時のショックに耐えるためか4本の脚で強く踏ん張ると、その瞬間。両肩の銃口から火花とともに砲弾が放たれた。
「グゥッ!!」
火花と大きな光が眼の前に広がったために、浩一の視界が光に包まれ何も見えなくなる。すぐに立ち直すと、そこには巨大な砲弾が確かに輪郭を持って見えた。その瞬間だった。浩一はスローモーションのように自分の動きも砲弾の軌道も、その空間の1つ1つ散らばった椅子やテーブルまでも全てが見えそうなほどに存在を把握出来ていた。だが、浩一自身の動きも全てがゆっくりだった。眼の前の砲弾の動きも軌道も、どこに行くかも分かっているのにその身体も動かない。
(……しょうがない、か)




