23話
「着いたぜ。こいつが魂だ」
クロが退けると、浩一はソレを見た。それは今まで浩一が見たことのないようなものだった。言うなれば皮を全部剥がれた人間の上半身が大量にくっついたような直径3m程の球体で、下方部は巨大な脳みそのようだった。
「なんだ……これ」
「聞こえなかったのか? 川島瞳の魂だ」
「いや、そうじゃない。こんなのが……川島の魂だって!?」
ハートや何か球体ではないにしろ、何かしらの形ではないかと予想していた浩一にとってはあまりのグロテスクさに少し嘔吐感すらしかけた。自分の魂もこんなものだとしたら、確かに魂なんてモノの形を見たいとは思わなかった。
「で……なんだよ、これをどうすればいいんだ?」
「魂を壊せば、川島瞳の自我はパズルを引っ繰り返したように形を無くし壊れる。御前、止めたいって言ってたし、これなら良いんだろう?」
「駄目だ! そんなの……俺、は」
「もう1つ、方法はある」
クロは悪戯を思いついた子供のように顔を歪める。口は裂けるのではないかと思うほど開かれ眼は大きく開かれた。開かれた口の中と眼の中が白く染まっていることを浩一はそこで知った。
「というより、御前なら確実にこちらの方法をとると思っていた。この中に入れ」
「この中……?」
クロが示したのは当然のことながら眼の前に存在する瞳の魂だった。
「入れって、この中に入れるのか?」
「両手を魂に近付けりゃ後は沼に沈むように入ることは出来る。後はもう一度この魂から出られさえすれば、川島瞳の魂を救うことが出来る」
「……そんなもんなのか? 意外に簡単だな」
「言うは簡単だがな。まあ、実際にやってみれば良いさ。最も、行くのは御前だけだが」
クロはそういうとその場に胡坐をかいて座り込んだ。
「俺1人か?」
「御前の意思がここまで来た。俺はただの案内人なんでな」
そう言うとクロの身体が足の方から砂が風で吹き飛んでいくかのように形を失っていく。それは宛ら散っていくチリのようだった。
「く、クロっ!?」
「ここから先は御前次第だ。生きて帰ってこられたらまた会おう」
足先から身体、そして頭も消えた時。その暗い空間には浩一と瞳の心臓だけが取り残された。
「俺、1人……か」
1人残された浩一は改めて眼の前の魂を見る。皮を剥かれた大量の人間の上半身はまるで助けを求めるかのように蠢いていた。最も、その眼が浩一を見ているとは到底思えなかったが。
「……」
恐る恐る、浩一が大量にある上半身の1つに触れてみる。感触は骨の角ばったような固く冷たい物だった。
だが、その感触を味わった瞬間だった。突如浩一の手が皮の無い上半身の中に沈んだ。
「なっ!?」
クロは先ほど沼に沈むように入りこめると言った。その言葉に嘘偽りは何一つなかった。問題は突っ込んだ手だけではなく、身体全体が引っ張られ始めたことだった。
「クッ、そ!!」
浩一は突っ込んだ手を引っ張ろうとするも、抵抗虚しくどんどん引っ張り込まれていく。沼なんてモノではない。自分の身体に磁力が宿り、高性能の電磁石で引っ張られているかのようだった。
「グォオオオオオオ!!」
いつしか、腕は全部沈み顔も沈むころには全身が瞳の魂に包まれていた。
「っつ……あれ?」
眼を開けてみると、そこは暗い闇の中のような空間が広がっていた。上も下も右も左も無く、足も着かないが不思議とバランスがとれていた。
「……」
浩一は茫然としてしまった。来たは良いがここから如何すれば良いのか。クロの話ではここからもう一度出られれば救うことが出来ると言っていた。と行っても、如何すればここから出られるかが分からない。
「どうすりゃ……」
途方に暮れている中、ふと前方を見ると何かが来た。ソレを見た浩一の第一印象は白い蛇、というものだった。細長い形状で長さはざっと1mほど。大蛇と言えば聞こえはいいが、色は周りの闇を喰らうかのように白い。
「な、なんだ……?」
ソレは眼も鼻も無いように見えたが、何らかの力で浩一を察知すると浩一の周りをグルグルと回転し始めた。回転する速度は予想以上に早く、不謹慎にもCDの回転する様を思い出す。
「……C、D?」
そこで浩一は思いついた。高速で回転するソレは頭と尾の部分が繋がったようになり、それは一昔前のビデオテープや使い捨てカメラのフィルムのように見えてくる。
「……まさ、か」
そこで思考が途切れた。ソレは繋がりが解けて、再び蛇の様な細長い1本の形に戻った瞬間、浩一の身体を超高速で貫く。だが、身体を貫かれたことよる身体の痛みなどは全く感じなかった。問題は貫かれた瞬間に頭の中に流れてきた何かだった。
「ぐわぁああぁぁぁああぁぁぁあああああぁぁぁぁあああああああ!!」
一瞬、浩一の身体が本当に爆発したのかと思った。それほどに身体が膨張するかのように何かが浩一の中に流れ込んできた。それは、記憶。自分のものとは違う異物の様な記憶が流れ込んでくるとその分、浩一の中にあった記憶が押し出され、自我が吹っ飛んでしまいそうだった。
瞳と戦ったときに味わった、身体の傷など比べ物にならないほどの痛み。嘔吐したいのに無理矢理ソレを抑えつけられたような気持ち悪さを数百倍に濃縮したような気持ち悪さ。世界中のどんな拷問よりもきつく、苦しく、悲しい痛みだった。
「グゥウッぅううううううう!!」
ソレが浩一の身体を抜けた時、浩一は知った。瞳の魂。あれを構成していた皮の無い上半身、あれは自分と同じように此処に来たものだったのだ。そして、自分のキャパシティを超え、自我を失ってしまい、瞳の魂の一部として取り込まれて決して見つからない自分の自我を永遠に探し続けているのだ。そう浩一は結論付けた。
「……」
そこで浩一に変化が起こった。急に全身に力が抜けたかのようにその場に項垂れると髪の毛が瞬時に蒼くなる。だが次の瞬間には髪の毛が全て消え去る。それは髪の毛が抜けたというよりは消え去ったという表現が正しい。何せ先ほどまであった髪にだけ、背景の暗闇に合わせた黒いペンキをかけられたように消えたのだから。
「……」
次に変化が起こったのは皮膚だった。全身の至る部分の皮膚が逆剥けたようになると、その部分から皮膚が剥けていく。ともすればベリベリと皮膚の剥ける音さえ聞こえそうなほど。
「……」
全身の皮膚が剥け、赤茶色の肉体が全身を覆う。全身の血管が綺麗に見える様はグロテスクながらも無駄がない。そして、その全身の皮膚が剥け終わると、浩一の身体が足と腕から徐々に消え始めた。そして同時刻、瞳の魂の大量の皮の無い人間達の空いているスペースの一部分に徐々に腕と足が着き始めていた。まるで浩一の消えた足と腕がそこに移動でもしているかのように。
「……ぃ」
浩一は自らの身体が消えそうな中、一言何かを言う。だが、その言葉はか細く、小さいため何を言っているかは分からない。
「……親を殺された」
浩一の手足は全て消え、身体と頭だけが残る。だが、それでも浩一は辛うじて言葉を紡ぐ。先ほどより多く。
「……力を持っていた」
浩一は自らの身体が徐々に消えていく中、それでも言葉を続ける。それは浩一の声でありながら、浩一の言葉ではない。まるで浩一の口をスピーカーの代わりにしているかのように、唯垂れ流されているだけの言葉だった。
「……脅迫された」
身体が徐々に消えていき、顔も徐々に消えていく中、ギリギリ残った口は息を吸うためではなく、言葉を紡ぐために使う
「……仲間にならないなら、全勢力で殺す」
その言葉を紡いだ瞬間。ピクリ、と浩一の身体の移動が止まり、辛うじて口の部分だけが残った浩一。一方大量の皮の無い人間達の中には口だけがぽっかりと無い浩一が残った。
「……ずっと、1人だったんだな……ごめんな、川島」
その瞬間、浩一の身体が逆流し始めた。それはまさに逆再生と言うに等しいモノだった。身体の逆流は徐々に進んでいき、いつしか皮も髪の毛も含めて身体が元に戻った。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
身体を取り戻した浩一は肩で息をしながら、再び眼の前に現れたCDのような蛇を見る。
「ハァッ、ハァッ……ふう。蛇。どうやら、コイツが侵入してきた奴に川島の過去を見させるってことみたいだな」
「……」
大蛇はまるで戸惑ったかのように浩一の周りを再びグルグルと回り続ける。どうやら、浩一の様な例は今まで居なかったらしい。
「……さてと。どうせ俺もこのままじゃここからは出られないし。もう1回やれよ」
「……」
その言葉を聞くや否や、浩一の身体の周りを回り続けていた大蛇は再び浩一の身体、正確には心臓を貫く。
「グッ、う、うぉおおおおおおおおおおおお!!」
浩一は心臓を貫かれながらも今度は先ほどのようにやられっぱなしではなかった。自らの身体を貫く蛇を自らの手で無理矢理押さえつけて動きを止めようとする。そして大蛇の尾に当たる部分まで進んだ時だった。浩一の手が蛇の中に沈む。蛇の中はまるで泥のような感触の中に、熱い石でも放り込まれたかのような奇妙な熱さを持っていた。
「これかぁああああああああああああああ!!」
その大蛇の中の固いナニカを掴んだ瞬間、浩一の意識は瞳の魂の中から消えた。




