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24話

次に眼を開けた時、浩一の目の前には全く別の空間が広がっていた。周りを見てみるとモダンな造りの建物だった。内装には所々が煌めいており、成金が作ったような不快なものではなかった。中学の頃習った明治時代の洋館というものがこのような内装だったことを浩一は思いだす。

「で、その子が?」

 ふと、声が聞こえた。声の方を見てみるとそこには1人の老人と1人の少年、そして1人の少女が居た。老人はまるで猛禽の様な鋭い眼を持ち、皺くちゃの顔をしていた。年齢は70代後半から80代前半と言ったところだろうか、服装は明治時代に見たような軍服を着、黒い軍帽をかぶっている。少年は金髪で浴衣を着ており、その表情は笑顔を絶やさないでいた。年齢は10代前半から後半と言ったところだろう。そして、少女。

「かわ、しま?」

 見た目は7歳前後、和服を着て頭には紅いリボンを付けている。だが、その表情はまるで全てに絶望したかのように無く、虚無という言葉をその身で表したかのようだった。そんな少女の蒼い髪の毛と透き通るような白い肌が、彼女を瞳だと浩一に気付かせる。

「ええ。やはり純血種。かなりの希少な血を持つ吸血鬼です。血液操作能力のみならず、血液に自らの意思を乗せることで相手の精神を破裂させる……予想以上の逸材です」

 瞳の隣に居る金髪の少年が言う。その顔は笑っていた。だが、それは唯の笑顔ではなかった。その年代の少年がするにはあまりにも邪悪で歪んだ、あまりにも真っ黒な笑顔。

「ふむ……さて、では話をしようか。お嬢さん?」

 老人は近くの椅子を指さして瞳に座るように促した。瞳は何も言わず何も聞かず、促された通り椅子に座る。金髪の少年は老人の後ろに移動した。

「我々は君の両親を殺した。それはわかるね?」

「……」

「君は普通の吸血鬼とは違う力を持っている。まあ、ワシやそこのジャックも普通の吸血鬼とは違う。厳密に言えば我々は似た力を持っているのだが……まあ、それは良い」

 老人は言葉を切ると一度だけ瞳を見る。相変わらず反応は無かったが、先ほどと少し違う。微妙に歯を食いしばり、爪が自分の手に喰い込みそうなほど手を握りしめていた。

「君がどこかの組織に入れられるわけにもいかないのでね。我が血の雨に君を入れるよう君の両親に交渉したが……何度も拒否されてしまってね。我々血の雨が全てのバランスをとるためにはどうしても君の力が必要だった。だから両親は殺させてもらい、君だけを連れてきたわけだ」

 老人の言葉にも瞳はただ口を閉じているだけだった。とても会話などとは呼べるものではない。会話というよりは一方的な通達と言った方が正しい。

「この先血の雨を脱走しようなどとは思わないことだ。例え君と言えども、血の雨全勢力と戦っても勝てるものではないからな。ここで我々とともに世界のバランスを取るよう、勤めてくれたまえ。では、以上だ」

 そう言うと鋭い眼をした老人は部屋を出た。先ほど老人にジャックと呼ばれた少年と瞳の2人はその場に残ったままだ。

「まあ、君の気持もわかるけどさ。しょうがないじゃない。君に求められているのはその力なわけだし。そんな力を持って生まれた君自身と、生んでしまった君のご両親の運命を恨むしかないんじゃないかな?」

「……貴方、に」

「ん?」

「貴方達に、何が分かるの……」

 初めて瞳がその場で言った言葉。それは虚無の表情に唯一乗せた怒り。ギラギラとした目には明確な怒りの色が見えた。

「さあね? 俺には何も分からないけど。知りたくもないしね。それに、そんなに俺達が許せないならさっきの爺も俺もブッ殺せるくらい強くなることだよ」

 するとジャックは瞳の前まで近づくと瞳の額に狙いをつけて中指を内側に丸めて親指で抑えてから軽く離す。いわゆるデコピンである。

「君の存在が君の親を殺したんだからさ?」

 その言葉を聞いた、瞬間。浩一は確かに聞こえた。人の心が、魂が音を立てて割れた音が。硝子が落ちたような響く音ではない。どちらかと言えば熟れたトマトがグチャリと音を立てて形を崩していく音に近い。

「……川、島」

 一度だけ目を閉じ、再び開けた瞬間。先ほどまで浩一の目の前に広がっていた空間は再び暗い空間に戻り、浩一の身体の周りを再び白い大蛇が回っていた。だが、浩一は再び戻った周りの空間など何一つ見ていなかった。


 泣いていた。ただただ、嗚咽を我慢することもせず、叱られた子供のように泣いていく。流れる涙を止めることもせず、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「……ゴメンな、川島」

 泣きじゃくりながら浩一は辛うじて言葉を紡ぐ。それなりに酷い過去を持っていたと浩一は自負していた。だが、そんなものとは比べ物にもならなかった。彼女の抱えるモノは、浩一が入った魂の姿そのものだったのだ。浩一は泣きながらも、同時に怒りを感じていた。それは、記憶の中に出てきた金髪の男に対してだ。人の神経を逆撫でするような喋り方にあまりにも残忍で残酷で残響する言葉の数々。

「……俺、御前をこの世界から救い出してやる……」

 浩一は泣きじゃくっていた。もしこの光景を見る第三者が居ればあまりにも情けないと思われるような男だ。

「御前を泣かせるような奴、全部、倒してやるから」

 だが、その眼には先ほどまでとは違う光が宿っていた。火が付きギラついたような、刃のように鋭い光。覚悟を決めた眼。

「御前の居場所が必要なら、俺がその場を作ってやるから」

 同時にその光に宿るのはあまりにも黒く、周りの闇すらも飲み込むのではないかと言うほど黒い怒りと殺意を込めた、ともすれば狂気にも似た感情。

「だから」

 そこで一度言葉を切ると再び言葉を紡ぐ。

「俺と一緒に来い! 川島!!」

 そのとき流した浩一の涙、それが大蛇にかかったときだった。周りの暗く黒い闇が晴れ始めていた。そしてその下からは蒼穹と言う言葉が似合いそうな雲一つない青空が広がっていた。

「貴様ガ晴ラセラレルノカ?」

 浩一が後ろを振り向くと、そこには先ほどまで自分の周りを回っていた大蛇が居た。だが、その声はまるでフィルターが掛かったような不快感を思わせるモノだった。

「コノ者ノ抱エル闇ハ深イゾ?」

「俺は自分の言葉は曲げない」

 浩一は大蛇の言葉にも怯まずに言葉を紡ぐ。身体は怯えたように震えながらも、その言葉は浩一の言うとおり震えてはいなかった。

「俺がソレを証明してやる。御前のそのフィルムに、新しい世界を見せてやるよ」

 浩一がそう言うと、ふと大蛇が笑ったように見えた。嘲りにも微笑みにも見える笑いが。その大蛇の笑みを見た瞬間、浩一の意識はその空間から消えた。

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