18話
瞳が話している最中、鳴滝は予め準備していた血鬼斬を瞳に向けて走り始める。一方の瞳は血鬼斬を構えたまま後方に跳んで距離をとる。彼女達の周りには大量のテーブルや椅子があるが、瞳はまるで後ろに眼があるかのように時に椅子を踏み台にして円卓に乗り、また床に降りては椅子を蹴り飛ばしてより戦いやすいように環境を作り出していく。
「川島!!」
浩一の叫びにも瞳は一瞬も逡巡することなく後方に跳んでいく。
「いつまで、逃げる」
「さあ、いつまでかしらね?」
瞳は周囲の椅子をあらかた蹴り飛ばすと改めて鳴滝と対峙する。
「……一気に、終わらせる。我が炎よ。揺らめきの紫煙を、くゆらせろ」
痺れを切らしたのか、鳴滝は先ほどまで銜えていたまだ3分の1も吸っていないタバコを吐き捨て、代わりに血鬼斬の柄を口に銜えると、言葉を紡ぐ。すると、彼女の口に銜えた血鬼斬は瞬時に姿を変え、江戸時代に使われていたタバコ、煙管となった。しかし、通常のソレとは違い大きさは30㎝ほどで太さは直径3㎝ほど。遠くからそれを見ていた浩一にはまるでリコーダーを銜えているようにも見えた。
「な、何だ!? 形が変わった……?」
浩一は目の前でいきなり血鬼斬が変化したことに驚きを隠せないでいた。吸血鬼のことを完全に理解していないので当然と言えば当然だが、質量保存の法則を完全に無視したかのようなその変化に思考が追い付いていかなかった。
「叢雲」
鳴滝は口に銜えていた煙管の先に別のポケットに入れていたマッチを取り出すと火をつけて一服する。余韻に浸るように煙草を吸い、口から煙を吐く。その吐かれた煙は陽炎のように揺らめいていた。
「何だ……一体?」
浩一が混乱する中、鳴滝は煙の出続ける煙管を口から離して右手に移すと走り出した。
「……来たわね」
瞳は鳴滝の接近に合わせて血鬼斬を正手に持ち直すと、先に動いた。鳴滝との距離が1mも無くなった時、大きく踏み込んで鳴滝に血鬼斬を突き刺そうとする。狙いは鳴滝の頭だ。
「遅い……」
鳴滝は瞳の血鬼斬を自らの煙管を使って軌道をずらすと同時に左手で懐のライターの火をつけると瞳に投げつける。
「クッ!」
瞳は飛んできたライターをかわす。その時、鳴滝は既にそこには居らず瞳の後ろに回っていた。
「川島!」
浩一は叫ぶ。鳴滝は煙を上げ続けたままの煙管を、瞳に当てることはしなかった。
「は?」
「……」
鳴滝は何も言わない。煙管は瞳の数㎝前を素通りしていき、上がった煙だけが虚しく瞳の体を纏っていた。
「クッ……」
だが、舌打ちが聞こえた。浩一の鳴滝の真後ろに居るため鳴滝の表情は見えない。恐らく彼女のものだろうと適当に思っていた。だが、違った。瞳は自分の顔の付近に煙が来るのを確認するとその場を蹴り、後ろに跳ぶ。
「……毒?」
もしや、あの煙には毒でもあるのだろうかと浩一は考えた。確かにただ煙管を瞳に当てるのだとしたら、最初の血鬼斬のままでいいと思ったからだ。あの煙が毒か何かで、それを吸えば体が動かなくなるのがあの煙の力だと結論づける。
「逃げるな……」
鳴滝はそう言いながら瞳を追う。後ろに跳ぶ瞳と前に跳ぶ鳴滝。当然、前に進む鳴滝のほうが移動するスピードは上だった。故に瞳の鼻先に届くほどの距離まで鳴滝の煙は接近していた。
「それなら!」
瞳はそこで逃げることをやめ、転じてギリギリまで接近していた鳴滝の腹目掛けて、引いた脚を繰り出す。
「……っ!!」
いくら広いと言っても、空間に限りがある中華飯店では無限に後方へ逃げることが出来ない。後方にこれ以上逃げられないこの状況下では左右のどちらかに逃げると鳴滝踏んでいた。そのため、瞳のこの反撃は完全に鳴滝の虚を付き、鳴滝の腹に瞳の蹴りがめり込む。
「ガアッァア!!」
「……」
瞳はそれで終えなかった。鳴滝は腹を蹴られたことで身体がくの字に折れ曲がり、瞳は鳴滝のがら空きになった背中が視界に入ると血鬼斬を逆手に持ち直した。狙いは背中の中心、背骨。
「さよなら……」
瞳がその言葉を吐き、まるで断頭台のギロチンのように血鬼斬を振り下ろす、
その寸前の出来事だった。
それまで傍観していた浩一は瞳が血鬼斬を逆手に持ち直したのを見た瞬間、頭の中がまるで真っ白になったかのように何も考えられない状況だった。だが、一方で身体の方は、まるで脊髄反射のようなスピードで動いており、瞳の隣まで無我夢中に走り、そのまま瞳の身体に激突した。
「なっ……?」
瞳は体の痛みもさることながら、浩一のその行動力に驚く。戦うことを嫌う者は、男であろうが女であろうが、人間だろうが吸血鬼だろうが、老人だろうが子供だろうが、普通なら悲鳴を上げるか顔を背けるか、はたまた逃げるか。普通の思考をトレースすればそうなる。だが、浩一は違った。鳴滝を助けるために、瞳に突撃してきた。普通の者では出来ないことだ。ましてや、こんな状況に半ば強引に引きずり込まれたような状況では尚更だった。
「麻生君……」
浩一に激突された瞳は吹っ飛ばされて椅子の1つに背中からぶつかっていた。体の節々が熱を発し、痛みを訴えているが、動けないわけではなかった。瞳は立ち上がり、2人を見据えた。浩一は顔を瞳に向けながら、目線を鳴滝に向けていた。
「鳴滝……だっけか? 大丈夫か?」
「……平気、感謝」
鳴滝は浩一を一瞥だけするとすぐに瞳を見る。先ほど浩一が瞳に激突したことで彼女を囲んでいた煙はない。鳴滝は面白くないような表情を浮かべていた。
「まさか麻生君に邪魔されるとはね」
「川島……やめてくれ、こんなこと」
瞳の冷めたような口調にも浩一は以前と同じように喋る。それは、今まで瞳がしてきた、たった数日の学生生活を思い出させる。そして、それに苛立つ彼女が居た。
「アナタは私の本当の姿を見ていないだけ。これが本当の私よ」
「違う、川島。御前は……」
「仕方が無いわね」
中華飯店の半径50mほどの範囲内、それぞれが戦闘を繰り広げていた。対峙しているものが血鬼斬本来の形を発動していく中、同じ意味を持つ慟哭がこだました。
「仕方がないのぅ……」
大鎌、カオスグロウを振るう混沌と戦うアルド・ランクス。
「出来ればやりたくはなかったけど」
煙管、叢雲を操る鈴乃音鳴滝、そして麻生浩一と戦う川島瞳。
「我が侵血よ。傷に潜み、死部へ堕とせ」
「我が涙よ。敵の中に流れ、溢れよ」
同じビル内で別の場所にいる2人が同時に血鬼斬を解放させた。
アルドの血鬼斬は紅い柄にどす黒い血のような色の鍔の付いた、長さが70㎝ほどの刀となる。刀身は刃の銀色と峰の黒色のコントラストが美しい、刀の中ではもっともポピュラーな打刀と呼ばれる刀である。
瞳の血鬼斬。それは柄は白い日本刀のようなそれで、鍔は彼女の髪の毛のように蒼い。そして刀身は銀色に輝くレイピアのような鋭い先端を持っている。その上、刀身の鍔元から中ほどまでには両刃の刀身、そこから先端までは片刃というバランスの悪そうなその姿は古代インドで使用されたフィランギに近い形だった。




