17話
アルドはまるで懐かしむかのように混沌の作り出した大鎌に目を細めると再び血鬼斬を構えなおす。混沌の持つ大鎌は身の丈ほどの大きさで、先ほどまでのナイフ状の血鬼斬の時とは比べ物にならないほどの巨大な刃の付いた姿となっていた。また、その大鎌の尾に当たる部分には鎖が繋がっており、刃の方へと巻きつけられていた。
「解放しないようだな……」
「どちらでも良かろうて。時と必要が来ればやるじゃろう」
そうか、と混沌が言うと両手で大鎌を構えなおし接近してきた。
梁論が中華飯店を抜け街中を走っていると、案の定と言うべきか誰か1人が追ってきた。
「精々付いてきてもらいましょうか」
そう考えた梁崙はギリギリ相手が追いつけられる速さで走り敵を引き付ける。チラリと後方を確認すると追ってきたのは赤い髪にヘアピンを付けた少年だった。
「丁度いいですね。ここならば……」
梁崙はそのまま走って行く。周りは人が住んでいるかどうかも判らないような「人の臭いのしない空間」が広がっていた。
「ここならば、思う存分戦えるでしょう? もう、鬼の役も宜しいですね?」
梁崙がそう言って振り返ると、そこには先ほど確認した通りの赤い髪にヘアピンを沢山付けている少年の姿がいた。梁崙自身もそうだが、息は全く切れていない。
「アナタは確か……」
「氷室剣弐でいい」
梁崙が喋ろうとしたのを遮り、少年が言う。剣弐は両手の親指の腹を噛むと瞬時に血液を硬化させて血鬼斬を2振り作り出した。
「名前は覚えなくて良い。どうせすぐ忘れていい」
剣弐は梁崙と喋る気は無いと言わんばかりに両手で持った血鬼斬を構えると梁崙に接近してきた。
「やるのならばしょうがないですね」
「死ぬから好い、すぐ終わるから良い」
梁崙は左手の親指の腹を噛むとその血を右手で包み、彼も血鬼斬を作り出し構える。剣弐は両手に持った血鬼斬のうち、左手に持った血鬼斬の刃を人差し指と中指で挟んで保持すると梁崙に投げつけた。
「クッ……」
梁崙は瞬時に投擲された血鬼斬と剣弐の位置を確認する。剣弐は自らが投擲した血鬼斬の後を追うように接近してくる。恐らく投げつけてきた血鬼斬を弾けば接近してきた剣弐の膝を受ける。だが、左右のどちらかに動いてかわすようなことをしても後方からそれを確認して剣弐が追撃してくる。梁崙はそこまでのことを瞬時に判断した。
「ならばここで動くべきは……」
考え抜いた梁崙は接近することを選んだ。残った選択肢は後方に下がるか接近するかの2つかだが、後方に下がれば失速した血鬼斬の代わりに2撃目が投擲されることは目に見えていた。どれを選んでも相手のペースに乗せられるのならば、接近して可能な限り相手にペースを握られないようにしようということだ。
そして剣弐も接近してくることは予測していなかったのか、梁崙が前に動いた瞬間驚愕する。
「やるならいい。やってみたら良い」
剣弐は驚きながらも言う。梁崙は剣弐に接近する最中、まず投擲された血鬼斬が大きくなってきた。ぎらついた獣の牙のような大ぶりな血鬼斬を確認する。血鬼斬はそのまま直線状に進むと梁崙の目元に突き刺さるコースだった。
(動け……動きなさい)
恐怖を感じながら、ギリギリまで血鬼斬を見ながら少しずつ体が動いていく。スローモーションのような長い時を味わい、血鬼斬がついに梁崙を通り過ぎた。
「……グッ!?」
ふと梁崙は自分の眼の下が焼けつくように熱いことを感じた。感覚が研ぎ澄まされていたためか、1撃目をかわした今になって頬を血鬼斬がかすっていたことに気づいた。だが梁崙はそこで止まらずに前を見る。剣弐は右手に持っていた血鬼斬を左手に持ち替えると梁崙の右胸目掛けて血鬼斬を突き刺そうとする。
「これで良い」
「そうそう終わるわけにもいきませんよ!」
梁崙は右手に持っていた血鬼斬を逆手に持つと剣弐の血鬼斬を上から叩き落とす。それと同時に左足を数㎝だけ上げてそのまま剣弐の右足の親指を狙って踏み砕く。
「グッ!!」
「悪いですが……もらいますよ!」
梁崙は右手に持った血鬼斬を剣弐の心臓目掛けて突き刺そうとする。しかし、剣弐は止まらなかった。
「これじゃ悪い、すべて悪い」
剣弐は自らに突き刺そうとした梁崙の血鬼斬を持つ腕を抑え込むと身を屈め、梁崙の顎目掛けて頭突きを喰らわす。
「グッッ!!?」
梁崙は舌を噛むのは免れたが、脳が揺れたことで体のバランスが取れずよろけてしまう。そのまま態勢が崩れてしまったところを剣弐は梁崙に体当たりをする。
「ガァッ!!」
狭い路地だったため、梁崙はすぐに壁に背中を打ちつける。胸に強い痛みを感じることから肋骨が何本か折れていることに気付く。しかし、それでも梁崙はなんとか剣弐を目で追う。
「殺すのは良い。圧倒的でないと悪い」
剣弐は最初に投擲した血鬼斬と先ほど落とした血鬼斬。2本の血鬼斬を拾うとそれぞれ逆手に持ち直す。
「我が手に氷の峰を、揺らめきの刃の剣を手にせよ」
剣弐がそう言った瞬間、彼に持っていた2本の血鬼斬は一瞬で解けると、その刹那には新たな形を成していた。当初は2本だった血鬼斬は左手に持たれた1本の剣となっている。だが、その剣は陽炎のように揺らめく刀身と氷のような鋭い2つの刀身が持ち手の両側から伸びている、双身刀の剣だった。
「弐剣これで終わり。それで良い」
「生憎……私もここで死ぬわけには行かないのですよ」
そういうと梁崙もまた持っていた血鬼斬を右手で逆手に構えると左手で拳を作り、小指側に沿わせるように血鬼斬を構える。
「我が儀礼よ。暴発に荒くれろ」
その瞬間、梁崙の左手に持っていた血鬼斬は消え、代わりに左腕に変化が起こっていた。ソレは直径50㎝ほどの棒で、左腕の上腕部分に輪のような固定具があり、また掌の位置に丁度フィットするように握りが存在している。現代風のロフストランドクラッチ型の杖とも、沖縄の伝統武具のトンファーにも似ている武器だった。
「パンフウ……。私の血鬼斬です」
「御託は良い。言い訳になるから、良い」
「フフ……御託かどうかは、結果を見てからにしてもらいましょうか」
そういうと、2人は再び互いの距離の読み合いを始めた。
浩一と瞳、そして突如2人の前に現れたのは2人よりも年下に見える少女だった。
「大丈夫?」
少女は浩一をちらりと見てから浩一に言う。浩一は少女の急な登場に困惑していた。
「君は……?」
「鳴滝。鈴乃音鳴滝」
鳴滝と自ら名乗った少女は浩一を一瞥すると、再び瞳を見る。瞳は少しだけ驚いた表情をしていたが、すぐに表情を変えて、鳴滝に話しかける。
「久しぶりね、鳴滝。元気にしていた?」
「……」
鳴滝は答えない。変わりに懐からタバコを取り出すと、器用に1本だけ銜えて、沢山付いているポケットの1つからライターを取り出すと器用に手元も見ず火をつける。
「タバコ、まだ吸っていたのね」
「五月蝿い」
「前に会ったのは一昨年だったかしらね。あの時、は」




