16話
すぐに戦いは始まった。アルドは白いローブを着た男、梁崙は赤い髪の少年、そして浩一は瞳とそれぞれ対峙している。
「麻生君」
浩一と対峙している瞳が言う。その眼は学校の屋上で出会ったときよりも更に冷たく、鋭いものだった。
「残念よ。アナタのことは友達だと思っていたし、今回の件のこともアナタは関係ないと信じていたわ。……だけど」
瞳は左手の親指の腹を噛む。そこから流れ出した血を右手で集めると、右手に血鬼斬が握られていた。
「ここまで知ってしまった貴方を、このまま生かしてはおけないわ。組織の意向には逆らえないの。……ごめんなさい」
そういうと瞳は一気に浩一に近づき血鬼斬を浩一の心臓目掛けて突き刺そうとする。その動きに浩一は全く反応できなかった。
「えっ……」
浩一の左胸、丁度心臓の位置に血鬼斬の先端が刺さりかけた瞬間、瞳の血鬼斬は突如放たれた蹴りによって下から弾かれてしまった。
「ん……?」
「なっ……?」
浩一が呆然とする中、瞳は焦らずにそのまま後方に跳び距離をとる。浩一は唖然としながらも、目の前の少女を見ていた。だが、それは瞳ではない。身長150cmほどで茶色の髪の毛をボブカットにし、黒と赤の入り混じった沢山ポケットの付いた和服を着ている自分より年下であろう少女だ。
「遅刻、した。お前の、相手、私」
「……良いわ。じゃあ、アナタが相手ね」
瞳は先ほどまでの表情から眼を鋭く変える。同時に持っていた血鬼斬を逆手に持ち替え構えた。
「ワシの相手は御前か」
「ああ、そのつもりだ」
アルドの目の前には白いローブの男がいた。大人数での戦闘では混戦が考えられたため、互いに中華飯店の屋上まで登ってきていた。中華飯店の屋上は両隣の居酒屋の屋上よりも高い位置にあり、また車の通りも多く雑音も多いために屋上にいる2人誰にも気付かれる心配は無かった。屋上は約25メートル四方で、貯水用タンクや業務用エアコンの室外機などを除けば落下防止用の申し訳程度の柵しかない。
「数日振りじゃのう。お主の顔を見ておったら、やっと忘れられると思っておった腹の傷が疼きおるわ」
アルドは思い出したかのように自分の腹をのの字に摩りながら言う。声は笑っているが、その表情はとても友好的には見えない。
「戦いの中のことだ。……俺も皆殺しまではしたくは無い。投降さえすれば俺の可能な範囲で便宜を図る」
「その心意義は痛み入るが、お主等のボスはそこまで優しく無かろうて。それに、仮にも一組織の長が仲間を放りだして敵に尻尾を振るわけにもいかん」
「……そうか。では、俺も組織の中で一部隊の班長としての責任がある」
そう言うと男は、顎を引くようにして一息だけため息をつく。再び顔を上げたとき、金色のメッシュの入った黒髪の間から見えた男の眼には明確な闘志が見えた。
「今度は腹の傷程度で済むと思うな」
「やれると思うな、混沌!!」
アルドと混沌と呼ばれた2人の男は互いに右手の親指を立てるとそのまま親指の腹を噛み切り、そのままその血を左手で包み、血鬼斬を作り出す。2人はそのまま走り出し、接近すると先に混沌が仕掛けた。接近時の運動エネルギーを利用して跳躍するとそのスピードに乗って斬りかかる。
「ぬっ!」
アルドは混沌の斬りかかって来た血鬼斬の一撃を、身体を引いて確実に攻撃をかわす。混沌は続けざまに左手の拳で作った裏拳、更に鬼斬による攻撃を繰り出す。アルドは一撃目の裏拳を自らの左腕で受け止め、ニ撃目の血鬼斬の刺殺を自らの血鬼斬で弾くことで防ぐ。
「ほう」
「フン!」
攻撃をかわし続けたアルドは後方に跳ぶ。アルドは、自分のすぐ後ろに業務用エアコンの室外機があることを確認すると、血鬼斬を室外機に突き立ててまるで段ボールでも切り取るかのように斬り裂く。切り裂かれた室外機は無理矢理引き剥がした長さ30㎝ほどのパーツとなり、それはギザギザとした断面をしているため、人間の頸動脈程度なら簡単に切れそうなものだった。そして、アルドはソレを躊躇いも無く全力で混沌に投げつける。
「クッ!!」
混沌は瞬時に思考した。まるで風車のように回転しながら飛来してくるパーツは自らの血鬼斬で斬るのにも分が悪い。よしんば切れたとしても破片が飛び散ることが考えられたため、混沌は右方に跳び飛来する室外機のパーツをかわした。だが、そこで一瞬アルドから目が離れてしまった。
「なっ!?」
混沌が眼前に見たのは、先ほどの位置から全力で走って来たアルドの膝だった。
「グッ!」
混沌は辛うじて首を振って顔面に膝がめり込むことだけは免れたがそれでもスピードに乗ったアルドの身体までは止められない。そのまま加速したアルドのつま先が混沌の鎖骨に突き刺さった。
「ガハッ……」
混沌の身体は2mほど吹っ飛ぶと周囲を囲んでいた落下防止用の金網に背中がめり込んだ。これが無ければ、アルドもろとも落下して死んでいたであろうと、痛みを覚えながらも混沌は客観的に思っていた。流石に吸血鬼でも首の骨が折れて、頭が転がっているような状況下で生きていられるとは思えない。あくまでもベースは人間であるからだ。
「終わりじゃ!」
「っ!!」
先ほどの衝突の際に、半ば馬乗りになる形で混沌に覆いかぶさっていたアルドは、血鬼斬を逆手に持つと混沌の頭目掛けて振りおろす。
「ぃっ!!」
混沌はアルドが振り下ろした血鬼斬を左手で防ぐ。掌に刃が突き刺さる瞬間、痛みに混沌は絶叫しそうになるもソレを飲み込む。混沌はそのまま下からアルドを蹴って押しのけるとしゃがんだ姿勢のまま左に跳び、そこから更に後方に数回跳ぶとアルドと10mほど距離を取る。
「クッ……」
距離を取った混沌は左手に開いてしまった穴を一瞥する。左手の中心部分にぽっかりと開いた穴からは血が溢れ、混沌に痛みを与え続けていた。混沌は左手を一度大きく開いてから再び閉じてみると、痛みを感じながらも5本の指を動かすことは出来た。左手の指の動きを確認し終えた混沌は再びアルドを見返す。一方アルドは距離を取った混沌を、腕を組みながら見ていた。
「いつまでそうしておるのじゃ。さっさと解放すれば良いのではないのか。ワシと1対1のこの状況で、敵うと思うておるのか?」
ここまでほぼ攻められ続けられ左手にも大きな傷を作った混沌とは違い、先ほど腹に拳を食らった以外アルドはほとんどの傷を負っていない。涼しい顔をしながら、アルドは混沌に語りかけていた。
「……そうか。そんなにまた斬られたいなら、望み通りにしてやる!!」
そう言うと混沌は持っていた血鬼斬を自分の体の前で構え、刃の峰に左手を当てた。
「我が刃よ、刹那の時を刻め」
まるで呪文のような言葉だった。そのたった一言の言葉を唱えた瞬間、混沌の持っていた血鬼斬は一瞬、その形を崩して深紅の血となる。だが、その刹那だった。まるで質量保存の法則を完全に無視したかのように、血は大きく膨れ広がり、血鬼斬は巨大な大鎌に輪郭を変貌させると血は再び硬化し、漆黒の大鎌へと姿を変えた。
「カオスグロウ……」
「出おったのう……黒烏の大翼」




