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ねえ、見て!

目を覚ますと、うろの外が明るかった。


いつの間にか朝になっていた。昨日の昼に目を閉じてから、一度も起きなかったらしい。こんなにぐっすり眠ったのは、この森で目を覚ましてから初めてだった。身体の芯まで冷えていたのが嘘みたいに、手も足もちゃんと温かい。乾いた草にくるまったまま、白ブタはしばらく、頭の上にはみ出した木の根を見上げていた。


腹が鳴った。


ずいぶん長いこと、まともに食べていない。神様にもらった実が一日に一つ、それだけだ。喉もからからだった。うろの隅に転がっていた白い袋を拾い上げたが、中はとっくに空になっている。水場で汲んできた水は、昨日のうちに飲みきってしまった。


這い出してみると、地面はまだ雨の名残でぬかるんでいて、あちこちに水たまりができていた。白ブタはそのひとつの前にしゃがみ込んだ。


茶色い。どう見ても泥水で、木の葉まで浮いている。普段なら絶対に口をつけない。けれど喉の渇きは、もうそういうことを言っていられる段階を通り越していた。


ちょっとくらいなら、大丈夫なんじゃないか。


白ブタは、そっと顔を近づけた。


* * *


岩場の外へ出たところで、ヨリは足を止めた。


木の下のうろから、大きな生き物が這い出してきていた。昨日はあれほど震えていたのに、今朝はちゃんと自分で動いている。それを見て、少しだけほっとした。


ところが大きな生き物は、水たまりの前にしゃがみ込むと、そこへ顔を近づけ始めた。


ちょっと、それ泥水!


「だめ!」


思わず声を上げると、大きな生き物はびくりとして顔を上げた。


ヨリは急いで岩場へ引き返し、割れ目の奥から籠をつかんで背負った。


「採集に行ってくる」


「朝から珍しいね」


ハネに声をかけられたが、振り返らずに出た。


水汲みはハネの仕事で、ヨリが水場へ行く理由はない。だから採集と言った。嘘ではない。帰りにリンガルを採ってくれば、本当になる。昨日、オサに「もう勝手なことはするな」と言われたばかりなのは分かっている。それでも、泥水をすすって腹を壊されるよりはましだった。


大きな生き物は、まだ水たまりのそばでおろおろしていた。ヨリが森の奥を指さして歩き出すと、少し遅れて、ちゃんとついてきた。


昨日までなら、ずっと後ろにいた。今日の足音は、それよりずっと近い。


* * *


神様の背中を追って、白ブタは森を歩いた。


さっきは怒鳴られたのかと思った。泥水に口をつけようとした瞬間、神様の鋭い声が飛んできたのだ。けれど神様は怒っている様子もなく、籠を背負って戻ってくると、森の奥を指さして歩き出した。ついてこい、ということらしい。


前に水場へ行ったときは、見失わないように遠くから必死で追いかけた。今日は神様の四、五メートル後ろを歩いている。それ以上近づくのは、さすがに気が引けた。手を引いてもらったからといって、図々しく隣に並べるわけがない。


水の音が聞こえてくると、白ブタの足は勝手に速くなった。


この前と同じ川だった。白ブタは岸にしゃがみ込み、両手ですくって何度も飲んだ。冷たい水が喉を通るたび、身体じゅうに染みていく。飲んでも飲んでも足りない気がして、しばらく顔を上げられなかった。


ようやく落ち着くと、白ブタは袋の口を広げて川へ沈めた。前は破れるのが怖くて、半分くらいでやめた。けれど、あれくらいではすぐに飲みきってしまう。今日はもう少し入れてもいいだろう。袋がふくらんでいくのを見ながら、ぱんぱんになる手前で引き上げた。


ふと気づくと、神様がすぐそばに立っていた。


白ブタは固まった。神様は白ブタには目もくれず、袋をじっと見ている。それから小さな指で袋をつついた。水の入った袋が、たぷん、と揺れる。もう一度つつく。今度は持ち手をつまんで、軽く引っぱった。


ずいぶん袋が気になるらしい。まあ、犬もコンビニ袋がガサガサいうと寄ってくるもんな。白ブタはそう思っただけで、別に不思議にも思わなかった。


* * *


近くで見ると、なおさら変な袋だった。


指でつつくと向こう側へへこむほど薄いのに、水は一滴も漏れてこない。どこにも縫い目がないのに、ちゃんと袋の形をしている。真っ白で、つるりとしていて、触るとかさかさと妙な音がする。それなのに、革袋なら五つ分はありそうな水が、平気で中に収まっていた。


こんなもの、群れの誰も見たことがないはずだ。


ヨリは、みんなの顔を思い浮かべた。ハネも、シロも、きっと目を丸くする。リキだって、何も言えなくなるに違いない。そして、これを持っているのは、ヨリが拾った生き物なのだ。


口の端が、勝手に上がった。


大きな生き物は袋を抱えたまま、きょとんとこちらを見ている。自分がどれほどすごいものを持っているのか、まるで分かっていない顔だった。


水場を離れると、ヨリはリンガルの多い斜面へ向かった。採集と言って出てきた以上、籠を空のまま帰るわけにはいかない。


斜面には、赤茶色の実がいくつも生っていた。大きな生き物は木を見上げたまま立ち止まり、目をぱっと大きくした。それから、おそるおそるヨリの方を見る。実を指さして、また見る。


食べていいか、聞いているらしい。


ヨリがうなずくと、大きな生き物は手近な実をもぎ取ってかぶりついた。一つ目はあっという間になくなった。芯まで口に放り込んで、すぐ次へ手を伸ばす。二つ、三つ。手も口も、まったく止まらない。


あんなに酸っぱい実を、あんなに嬉しそうに食べる生き物を、ヨリは初めて見た。


「シッ、シッ、シッ」


こらえようとしたのに、大きな生き物が五つ目にかぶりついたところで、もう無理だった。ヨリは笑いながら、自分の籠にもリンガルを摘んでいった。群れの誰も喜ばない実だ。こんなに喜んで食べるのなら、いくらでも食べればいい。


* * *


腹がいっぱいだった。


この森に来てから、初めてだった。いや、もしかすると、ここ何年かで一番の満腹かもしれない。酸っぱいのにも、もうすっかり慣れてしまった。


白ブタは水のたっぷり入った袋を抱えて、神様の後ろを歩いた。枝に引っかけたら、薄い袋なんてすぐに破れてしまう。張り出した枝の下をくぐるたび、袋をかばって身体をねじった。腹がふくれたせいか、足取りまで軽い。


前を行く神様の尻尾が、ぱたぱたと左右に揺れていた。


最初に会った日、神様の尻尾はほとんど動かなかった。犬なら尻尾を見れば何となく分かりそうなものなのに、と思ったのを覚えている。その尻尾が、今日は機嫌よさそうに揺れている。神様も、機嫌がいいのかな。時々こちらを振り返り、白ブタがちゃんとついてきているのを確かめては、また前を向く。そのたびに、尻尾が揺れた。


かわいいな、と思った。


神様に対して失礼かもしれない。けれど、尻尾を振りながら歩く小さな後ろ姿は、どう見てもかわいかった。


しばらく歩くうちに、見覚えのある景色が増えてきた。うろのある木の方へ曲がるのかと思ったが、神様はまっすぐ進んでいく。その先にあるのは、神様たちの岩場だ。昨日、弓を向けられた場所だった。


白ブタの足は、だんだん重くなった。木々の向こうに岩場の割れ目が見えたところで、とうとう止まった。これ以上は、どうしても無理だった。


* * *


岩場の前まで来て振り返ると、大きな生き物はずっと後ろで立ち止まっていた。


なんで止まるの。


ヨリは駆け戻ると、大きな生き物の腕から袋を受け取った。ずしりと重い。両腕で抱え直して、そのまま岩場へ引き返す。


「ねえ、見て!」


自分でも驚くほど、大きな声が出た。作業をしていたハネが顔を上げる。シロも、子どもたちも、こちらを見た。


ヨリは抱えた袋を、みんなの前に差し出した。白い袋の中で、水がたぷんと揺れた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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