奇妙な交流
ヨリが岩場へ戻ったころには、日はもう頭の上まで昇っていた。
重い水袋を全部地面へ下ろしたところで、もう駄目だった。そのまま手足を投げ出して、仰向けに寝転がる。
「はぁっ……はぁっ……」
息が収まらない。腕も脚も、もう動かしたくなかった。周りには年老いたシロしか見えない。青い空がぼんやりと目に映る。ヨリはそのまま聞いた。
「ハネは?」
「作業が終わったからな。子どもら連れて、サトの採集を手伝いに行った」
シロの声が返ってくる。
「そう」
それだけ答えて、また息をする。朝、リキと言い合っていたことも、水袋を無理して持って出たことも、シロは知っている。それでも、それ以上何も聞かなかった。
時々、木々が揺れる音がする。しばらく寝転がっていると、ようやく息が落ち着いてきた。まだ身体は重かったが、ヨリは起き上がった。
「また行くのか」
「うん」
今日の分の水は必要だ。行かないわけにはいかない。シロはヨリを見て、それからリンガルを二つ差し出した。
「食ってから行け」
「あとで食べる」
ヨリはリンガルを受け取った。
「朝の作業で、水は思ったほど使わなかった。水袋はあと二つだけでいい」
ヨリは少しだけシロを見た。
「分かった」
リンガルと空の水袋を持って、岩場を出た。二つで済んでよかったと思ったことは内緒だ。
歩き始めたころは脚が重かったけれど、空の水袋を抱えてゆっくり歩いているうちに息が整い、水場が近づくころには身体もだいぶ楽になっていた。
* * *
神様がいなくなってから、二時間。いや、三時間くらい経っただろうか。
白ブタは一度、食べ物を探して川沿いを歩いてみた。木には実が生り、見たことのない草や葉もいくらでもある。だが、どれが食えるのか分からない。腹を壊すくらいなら何も食わない方がましだと、結局、元の水場まで戻ってきた。
喉はもう渇いていない。腹は減っているが、それより眠かった。足だけでなく、腰も肩も背中も痛い。
布団で寝たい。
木に背中を預け、足を投げ出す。川の音を聞いているうちに、まぶたが落ちてきた。閉じる。開く。また閉じる。
ふと目を開けると、川の近くに小さな姿があった。
神様!
白ブタは木に手をついて立ち上がった。
「神様!」
遠くに見える小さな身体が、びくっと跳ねた。
* * *
袋に水を汲もうとしたところで、何かの鳴き声が聞こえ、ヨリは勢いよく振り返った。
そこには朝のオークが立っていた。かなり離れたところから、こっちを見ている。
まだいたんだ。
オークが、ゆっくりこちらへ動きはじめた。
来るな!
ヨリは腕を伸ばし、森の方を指した。それから、あっちへ行けと手を振る。オークは止まって、きょとんとした顔でこっちを見ている。ヨリはもう一度、今度はもっと大きく手を振った。
あっち。行って。
するとオークの顔が変わった。
分かってくれたのかな。
オークは両腕を上げ、そのまま頭の上で、でっかい丸を作った。
ヨリは手を止めた。
何、それ。
オークも動かない。丸を作ったまま、こっちを見ている。
そして跳んだ。一回。二回。三回。大きな腹も、頬も、跳ぶたびに遅れて揺れた。オークは真剣な顔でこちらを見ている。
ヨリには、ますます意味が分からなかった。少し迷ってから、同じように跳んでみる。
一回。二回。三回。
最後の着地をすると、オークの目が大きくなり、ぱっと顔が明るくなった。オークはまた跳び始めた。一回。二回。さっきより勢いがついている。
三回目の着地で、オークの足がもつれた。巨体が傾き、両腕が空をかく。オークはそのまま、どすん、と横へ転がり、しばらく動かなかった。
やがて少しもがくと、ヨリの方を見た。そして寝そべったまま、両腕をゆっくり持ち上げた。
頭の上で、丸。
オークは真剣だった。転んだことなどなかったみたいに、丸を作ったまま、じっと返事を待っている。
「シッ……」
思わず笑い声が漏れた。一旦漏れると、もう駄目だった。
「シッ、シッシッシッシッシッ!」
おかしい。何なのあれ!
ヨリは腹を抱えてしゃがみ込んだ。笑いすぎて息ができない。息を吸おうとしてオークを見ると、まだ丸を作っている。
「シッシッシッシッシッ!」
もう一度、腹を抱えた。目の端から涙が出た。拭って顔を上げると、オークは丸を解いていたが、今度は何が起きたのか分からない顔でこちらを見ている。
ようやく息を整えたころ、オークが立ち上がった。
ヨリは持ってきたリンガルを二つ取り出し、一つをオークの方へ力いっぱい投げた。リンガルは二人の間に落ちると、緩い傾斜をころころとオークの方へ転がっていく。オークは転がるリンガルに飛びつくように駆け寄って拾い上げ、両手を合わせて、深く頭を下げた。
オークがその場に座ったので、ヨリも離れたまま座り、リンガルをかじった。オークは食べるのが速かった。二口、三口とほとんど止まらず、最後には芯まで口へ入れた。
芯まで食べるんだ。
ヨリの口元が緩んだ。オークが顔を上げたので、ヨリは慌ててリンガルをかじった。
食べ終えると、二つの水袋を持って水辺へ戻り、水袋の口を開いて川へ沈めた。オークをちらっと見ると、何か白いものを手にしていた。
袋のようだった。オサの服より、ずっと白い。あんな白いもの、見たことがない。
オークが、その袋を広げ、川へ沈める。ヨリは手を止め、オークに釘付けになった。水が入るにつれて、白い袋が大きく膨らんでいく。オークはいっぱいになる前に袋を持ち上げた。自分たちの水袋より、ずっと多く入っているように見える。
ヨリが見ていることに気づいたのか、オークの身体が固くなった。袋を持ったまま、また真剣な顔でこちらを見ている。
もう、戻らないと。
ヨリは水袋を二つ肩に背負い、歩き出した。少し歩いて振り返ると、オークも白い袋を持ってついてきていた。ヨリは森の方を指し、手を振った。
あっちへ行け。
オークが立ち止まり、にっこり笑った。そして両腕を上げた。
頭の上で、丸。
「シッ」
思わず笑ったが、ヨリはすぐに前を向いて歩いた。
しかし、後ろから足音がついてくる。振り返って追い払うと、オークは止まって、丸。何度やっても、それだった。最初は遠かった足音が、歩いているうちに少しずつ近くなってくる。
ヨリは何度目か分からないため息をついた。どうしたものか。
群れのみんなのところは、もうすぐだった。
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