第8話:紙の上の泥沼戦争(ボードゲームカフェ)
「ご覧ください。かつて人類が紙とプラスチックの小片を使い、擬似的な人生を追体験していたとされる娯楽施設です」
「……ただの遊戯場だろ」
整然とテーブルと椅子が並ぶ静かな店内の奥。ナビが一箱のボードゲーム(人生ゲーム風)をテーブルの上に広げた。
「いいえボルトさん。これは『ジンセイ・ゲーム』と呼ばれる代物です。ルーレットを回して駒を進め、就職、結婚、家産の購入など、人類の生涯をシミュレートする高度な戦術訓練機です」
「へー! すごいじゃん! パッチこれやってみたい〜!」
球体ロボのパッチがテーブルの上に飛び乗り、カラフルなルーレットを無邪気に弾いた。*ガラガラガラッ!*と威勢の良い音が響く。
「……フッ、いいでしょう。銀河観光公社屈指の頭脳を持つ僕が、論理的かつ確率論に基づいた最適な立ち回りを見せてあげます」
「俺はサボれりゃなんでもいいが……負けるのは気に入らねえな」
こうして、崩壊した地球の片隅で、ロボット3体による徹夜の『人生ゲーム』が開幕した。
◆
――3時間後。
「な、なぜです……!? 確率的には『大企業就職』のマスに止まる確率が六七%だったはずなのに、なぜ僕だけ三連続で『火災保険未加入で家屋全焼』のマスに……っ!?」
ナビのバイザーが激しく点滅し、処理落ちで煙を吹きかけていた。盤上のナビのコマには大量の借金手形が積み上げられている。
「ギャハハハ! ナビ、家燃えた〜! パッチは『開拓者』になって世界中に油田持ってるから大富豪だよ〜!」
パッチのコマの周りには、溢れんばかりのお札(ゲーム内通貨)と高級開拓地のビルが立ち並んでいた。悪意ゼロの笑顔で手形を煽ってくる。
「……おいパッチ」
ボルトが低く重い声で言った。そのコマもまた、開拓事業の失敗により山ほどの借金を抱えている。
「その『約束の手形』、俺の残りの開拓地と交換しろ。じゃねえと、俺の胸のミサイルハッチ(※弾切れ)が誤作動を起こすかもしれん」
「えー! ボルト脅迫はダメだよ〜! ルールブックに書いてないもん!」
「ルールだと……? この泥沼の戦場において、ルールなどという生ぬるいものは敗者の言い訳だ!!」
ナビがテーブルを叩いて立ち上がった。
「パッチさん! あなたのその資産は不当なダイス運によるバグです! 今すぐ僕に半分譲渡しなければ、あなたのメモリから『おやつのオイルデータ』を全て消去します!」
「わあー! ナビまで権力使ってきたー! 汚い大人だー!」
盤上はもはやゲームの域を超え、泥沼の醜い資産奪い合い(泥試合)と化していた。
◆
――翌朝。
「……ふぅ。不確定要素(運)の介在するシステムなど、極めて不愉快な欠陥品です」
朝日が差し込む店内。ボルトとナビはすっかり破産し、パッチ一人だけが札束の山の上で高笑いしながら転がっていた。
僕は疲弊した回路を宥めながら、手元の端末で『銀河トリップ(GalaTrip)』を開いた。
【スポット名:地球・旧東アジア区『疑似人生の泥沼』】
総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
友情破壊度: ★★★★★(不条理なダイス運により論理的思考が無に帰します)
中毒性: ★★☆☆☆(気づくと一晩が無駄に吹き飛びます)
【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
「かつて人類が他者を陥れ、虚妄の富を競い合っていた凶悪な精神攻撃ツールです。確率論を無視した悪質な運ゲーであり、同行した小型ロボが成金化し、チームの絆に決定的な亀裂を生じさせました。絶対に手を出してはなりません」
「送信完了です……。二度とやりません」
ピッ
端末が通知音を鳴らす。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。開拓地で友人と絶縁しかけた危険なゲームだ。あの夜の友情は二度と戻らない」
「ほら見なさい、この宇宙人も友人を失っています! やはりこのゲームは呪われた悪魔の遺物です!」
僕がキーキーと声を張り上げると、ボルトが欠眠(スリープ不足)の目をこすりながら欠伸をした。
「……もういいから帰って寝ようぜ。人生なんて、オイル飲んで寝られりゃそれで十分だろ」
「ボルト、珍しく良いこと言いますね……」
僕たちは札束に埋もれて眠りこけるパッチを小脇に抱え、脱力感とともに店を後にした。
(第8話・終わり)




