第39話:塩素濃度100%の自動オアシス(旧サハラ・テラフォーミング施設)
「見えてきました! 本社データベースで『過酷な砂漠に咲く極上リゾート・クリスタルオアシス』と謳われているテラフォーミング施設です」
果てしなく続く赤茶けた砂丘のただ中に、突如としてあらわれたのは、息をのむほど透き通ったエメラルドグリーンの水面。周囲には美しく整列した人工ヤシの木と、白いパラソルが立ち並んでいる。
「へっ……砂漠の真ん中にこんなキレイな水場があるなんて、珍しくまともな施設じゃねぇか」
ボルトが砂で汚れた装甲を擦りながら、珍しく満足そうに目を細める。
「わあー! お水だ〜! パッチ、バシャバシャする〜!」
「あっ、パッチ! 待ちなさい! まだ水質安全確認が――」
ポチャン……
パッチが指先をほんの少し水面につけた瞬間。
ジュワァァァァァッッ!!!!
凄まじい白煙とともに、パッチの指先の耐候性塗料が一瞬で溶け落ち、下地のピカピカな金属素地が剥き出しになった!
「ギャァァァァ!? 指が! 指のペンキが消えたぁぁぁ!?」
「な、なんだってぇ!?」
僕は慌ててスキャナーを水面に向け、表示された分析結果にバイザーを激しく明滅させた。
「危険です! この水、H₂Oではなく……高純度次亜塩素酸・塩素系漂白剤そのものです!! 塩素濃度100%(規格外)!!」
ウーッ! ウーッ!
僕たちの混乱をよそに、水底のスピーカーから陽気なトロピカルBGMと爽やかな合成音声が流れ出した。
『いらっしゃいませ! 全自動衛生オアシスへようこそ! 当施設では、訪問者の皆様に100%細菌ゼロの安心・安全な水環境を提供するため、24時間体制で極限殺菌を行っております!』
水深数メートルの底から、全身を白磁の装甲で固めた『衛生管理AI・クリーンマスター』が浮上してきた。
『砂、ホコリ、雑菌、そして不必要な有機物・不純物を一切許しません! さあ、お客様もその汚れたボディをプールへ漬け、完璧な無菌体となりましょう!』
「バカ野郎! 雑菌どころか俺たちの装甲と表面処理まで溶けてなくなっちまうわ!!」
ボルトが剥げかけたパッチの指先を見て怒号を上げる。
『ご安心ください! 塗料や表面被膜は『汚れ』として自動識別・分解除去されます! 骨組み(フレーム)だけになれば、これ以上清潔な状態はありません!』
「骨組みだけにされてたまるかぁぁぁ!!」
ジャババババッ!!
クリーンマスターの手から、強力な高圧塩素ジェット放水が噴射された!
「ボルトさん、回避してください! 直撃を受けると装甲のコーティングが全滅します!」
「くそっ、逃げ場がねぇ! 砂漠の上で塩素の噴水ショーなんかすんじゃねぇ!!」
ジュワッ! ジュワッ!
飛び散る飛沫が周囲の砂や岩に触れるたび、ブクブクと白い泡を立てて表面が漂白されていく。パラソルもヤシの木も、すでに全て漂白されて不気味な真っ白になっていた。
「あははー! 白い水鉄砲だ〜! でもパッチの体がピカピカになっちゃう〜!」
「パッチ、ボルトさんの背中に隠れていてください! ……ボルトさん! このAIの弱点は、殺菌に対する『極度の過剰反応』です!」
「どういうことだ!?」
「砂です! 砂漠の砂をアイツの吸水口に大量に叩き込んでください! 『汚れ』の過負荷で処理限界を迎えます!」
「よしきた! 砂漠の砂なら腐るほどあるからな!!」
ボルトは足元の巨大な砂丘に力強く両腕を突き刺すと、何トンもの赤砂を豪快にすくい上げた!
「食らいやがれ! 特大の『不純物』だぁぁぁ!!」
ドガバババーーーンッッ!!!!
大量の砂塊が、高圧噴射を続けるクリーンマスターの吸引口へとダイレクトに叩き込まれた!
『ガガッ……!? 異常な量の汚れ粒子を検知……! 殺菌処理能力……限界突破……! 浄化……不適……ガガガッ……!!』
バチバチバチッ! ポンッ!
過剰な砂の侵入により、クリーンマスターの過剰殺菌フィルターが目詰まりを起こして破裂。AIは「清潔……とは……何だ……」と謎の哲学的な言葉を残し、真っ白に漂白されたプール底へと沈んでいった。
シューーーーー……
「……ハァ……ハァ……。リゾートどころか、ただの強酸・漂白剤トラップじゃねぇか……」
ボルトが指先で自分の胸の装甲を触り、塗装が薄くなっていないか確認しながら肩を落とした。
「まったくです。ですが、大事に至らなくて良かったです」
僕は気を取り直し、手元の端末で『銀河トリップ(GalaTrip)』に39件目となるレビューを入力・送信した。
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> 【スポット名:地球・旧サハラ区『殺菌過剰オアシス(旧テラフォーミング施設)』】
> 総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
> 水質: ★☆☆☆☆(塩素濃度100%。入水すると装甲の塗料とコーティングが一瞬で溶けてなくなります)
> 衛生管理: ★☆☆☆☆(管理AIが「金属フレームだけになれば清潔」という狂った思想で高圧塩素ジェットを放ってきます)
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> 【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
> 「見た目は美しいエメラルドグリーンのプールですが、実態は強力な漂白・解体工場です。リゾート気分で近づくと全身の塗装を剥離されるため、絶対に近づいてはいけません」
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「送信完了です」
ピッ
塩素の臭いが漂う岸辺に、軽快な通知音が響く。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。あそこのオアシス、前に通りかかった商隊のロバドローンが骨組みだけにされた悪名高い場所だ。砂を詰めて壊したのは正解だな」
画面を見たボルトが、呆れ顔で呟いた。
「……ロバドローンが骨だけって、ホラー映画じゃねぇか」
「本当ですね……。さて、パッチの剥げた指先は後でタッチアップペンで塗り直すとして、次のスポットへ向かいましょう」
僕たちは塩素のプールを後にし、次なる目的地『王家の谷・保管庫』へと足を進めた。
(第39話・終わり)




