第32話:鏡の間の錯視ナイトメア(旧鏡の宮殿)
「ご覧ください。かつて王侯貴族たちが自らの権力と富を誇示するため、部屋一面に貴重な巨大鏡を敷き詰めたとされる『鏡の宮殿』です」
「……まぶしっ! なんだこの部屋、床も壁も天井も全部鏡かよ!」
一歩足を踏み入れた瞬間、3体の周囲360度が無数の自分たちの反射像で埋め尽くされた。光の反射が乱反射し、どこが通路でどこが壁なのかまったく判別がつかない。
「いいえボルトさん。ここは本社も『SNS映え抜群の幻想的フォトスポット』として期待している超有名ロケーションです。光学センサーを駆使すれば、どれだけ鏡があろうと――」
ガコッ!
「あ痛っ!?」
自信満々に歩き出した直後、僕は眼前に広がっていた「通路」に勢いよくおでこをぶつけた。そこは精巧に磨き上げられた巨大なガラス鏡の表面だった。
ピピピ……警告:光学距離センサー(LiDAR)距離計測エラー。無限遠反応を検知。
「な……!? 距離センサーが鏡の反射光を『奥に続く通路』と誤認識しています!?」
「おいナビ、何やってんだダセぇな! センサーに頼るからそうなるんだよ、目視で……ぶはっ!?」
威勢よく前に出たボルトも、思い切り鼻先を鏡に激突させた。
ガンッ! ガンッ! ガガンッ!
「うおっ!? どっちが本物の出口だ!? 前も後ろも俺の顔だらけだ!!」
「ボルトさん、焦って歩き回らないでください! 反射光の屈折率を再計算して――ぶつかった! また鏡です!」
精密な計算を行おうとする僕のセンサーは、合わせ鏡の無限ループによって処理能力の上限を起こし、視界がグルグルと回り始めた。
「あははー! お友達がいっぱい〜! パッチが二人、三人、十人〜!」
混乱する僕たちを余所に、球体ロボのパッチは鏡に映った自分の姿に向かって「やあやあ〜! 君もまんまるだね〜!」と手を振り、ペタペタと鏡に油の手形をつけながら楽しそうに転がっている。
「パッチ! お前、どれが本物の壁か分かるのか!?」
「分かんない〜! でもあっちのパッチが手招きしてるよ〜!」
「そっちはただの反射だ!!」
『いらっしゃいませ、映えスポットへ! 当館では1000枚の鏡による最高級のフォトジェニック空間を提供しております!』
天井のスピーカーから、無駄に明るいガイドAIの声が響き渡り、さらにフラッシュ照明がピカピカと明滅し始めた。
「眩しい! 光学センサーが焼き切れる!!」
「映えとかどうでもいいんだよぉぉぉ! 物理的に出口を作る!!」
パニックに陥ったボルトが、あちこちに見える「自分の姿」に向かって盲目的に拳を振るった!
ドガシャアァァンッ!! パリンパリンパリンッ!!
「あ痛っ! 鏡を割ったら余計に破片で反射が増えたぞ!!」
「もう嫌だぁぁぁ! 突き破る!!」
ドガガガガガッ!!
破れかぶれになったボルトが壁ごと突き破り、僕たちは豪快に爆音を立てて宮殿の外壁を突き破り、庭園へと転がり出た。
◆
「……ハァ……ハァ……。目が回る……距離感がバグって足元がおぼつかない……」
「映えスポットどころか、ただの精神攻撃部屋じゃねえか……!」
僕はフラフラになりながら、バイザーのノイズを必死にクリアし、手元の端末で『銀河トリップ(GalaTrip)』に評価を入力した。
【スポット名:地球・旧欧州区『迷妄の回廊(旧鏡の宮殿)』】
総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
視認性・安全性: ★☆☆☆☆(センサー類が全滅し、壁への激突を余儀なくされます)
映え度: ★☆☆☆☆(写真どころではなく、平衡感覚を失って機能停止に追い込まれます)
【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
「かつての絢爛豪華な宮殿ですが、現在は精密機器のセンサーを暴走させる光学トラップ地帯です。案内AIの配慮のないフラッシュ攻撃も重なり、まともな回遊は不可能です」
「送信完了です」
ピッ
通知音が静かな外庭に響く。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。あそこの鏡の間、自機と鏡の像の区別がつかなくなって自分自身と3時間殴り合いを演じたロボットを知ってるぞ」
画面を見たボルトが、ボロボロになった自分の拳を見つめて青ざめた。
「……自分と殴り合いって、笑えねぇ冗談だな……」
「他人事ではありませんよ。さあ、視覚センサーの再キャリブレーションをして次のスポットへ向かいます」
僕たちは鏡の破片を顔にくっつけて「パッチもキラキラ〜!」とはしゃぐパッチを引き連れ、穴の開いた宮殿を後にした。
(第32話・終わり)




