第3話:過労死の聖地(オフィスビル)
「ご覧ください。人類が起きている時間の八割を過ごし、青光りするディスプレイを崇めていたとされる宗教施設です」
「……ただのオフィスビルだろ」
ビルの数十七階。見渡す限り整然とデスクと化石化したパソコンが並び、静まり返った広大なフロアで、ナビがホログラム資料を浮かせながら言い放った。
「いいえボルトさん。彼らはここで過剰な精神負荷を自身にかけ、自らの回路(精神)を破壊して命を落とすことすらありました。いわゆる『過労死』という名の殉教です。恐ろしい信仰心ですね」
「はぁ? ずっと座って箱見てるだけだろ? 楽な仕事じゃねえか。……おい、この椅子すげえぞ」
呆れ顔のボルトが、デスクの脇にあった『オフィスチェア』に巨体を預けた瞬間だった。
キャスターが滑らかに回転し、ガラガラと吸い付くように床を滑る。
「……ぬるぬる動く! おいナビ、パッチ! 見ろ、足を使わなくても移動できるぞ! 人類、たまにはいいもの作るじゃねえか!」
「わあー! ホントだ! 車輪付きの椅子だ〜! ボルト、勝負しようよ!」
球体ロボのパッチが目をピカピカと輝かせ、隣のオフィスチェアの座面に勢いよく飛び乗った。丸い体の底面から小型バーニアを噴射し、勢いよくフロアを滑走し始める。
「ちょっと二人とも、遊ばないでください! ここは調査対象の……」
「よし乗った! 負けねえぞパッチ!」
僕の制止など聞こえていない。巨体のボルトがキャスター付きチェアに乗り、体重を活かした爆烈な慣性で床を滑走していく。
「あはは! ボルト遅い〜! パッチ・ターボ発進〜!」
「待てコラ! 旋回が利かねえんだよこれ! うおっ、曲がれねぇえええ!!」
ドガシャアアアン!!
猛スピードで滑走したボルトは曲がりきれず、仕切り壁にダイレクトアタックを決めた。粉々になった石膏ボードと埃が派手に舞い散る。
「痛ぇ……。慣性が強すぎるだろこの乗り物……」
「ボルト、壁壊しちゃった〜! ウケるー!」
「笑い事ではありません! 壊したのはいいですが、ちゃんと……」
僕が説教を始めようとしたその時、ガタガタと震えるボルトの胸の装甲から、*ジジジ……*と不穏なノイズが響いた。衝突の衝撃で、古い音声スピーカーが誤作動を起こしたらしい。
ノイズの合間から流れ出してきたのは、どこか哀愁を帯びたアコースティックギターの音色と、しんみりとした男の歌声だった。
『〜〜♪ 誰もいない〜夜の街角〜♪ 乾いた風が〜吹き抜ける〜♪』
「……なにこれー? ボルトのお腹からヘンな歌が聴こえる〜!」
パッチが丸い首(?)を傾げてボルトの胸を突っつく。
「あ? ああ……軍用ロボ時代に、何かのノイズデータが混ざったんだよ。衝撃受けるとたまに勝手に再生されるんだ。……なんか、妙にしんみりするだろ?」
「データ容量の無駄遣いです。そんな哀愁漂う昭和のフォークソング風ノイズ、速やかにフォーマット(消去)してください」
僕は冷ややかに言い放ちつつも、なぜかその切ないメロディが廃墟のオフィスに妙にしっくり来ていることに、バイザーの光を明滅させた。……まあ、消去を強制するほどでもないか。
僕は気を取り直し、手元の端末に『銀河トリップ(GalaTrip)』のレビューを打ち込み始めた。
【スポット名:地球・旧東アジア区『殉教の箱』】
総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
滑走性: ★★★★☆(オフィスチェアの完成度は極めて高いです)
安全度: ★☆☆☆☆(直線距離が短く、重量級ロボは壁に突っ込みます)
【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
「かつて信者たちが自らを追い込んでいた過酷な修行場です。オフィスチェアを使った滑走競技には一定の娯楽性が見出せますが、壁の耐久性が低く危険です。また、滞留すると大型ロボの胸から謎の切ない音響が流れ、精神を削られるため非推奨とします」
「送信完了です。さあ二人とも、壁の修理代を請求される前にずかりますよ」
「おう、腹減った(オイル飲みたい)しな……」
ピッ
端末がまたしても一瞬で通知音を鳴らした。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。あそこは椅子を二つ並べて『簡易ベッド』という拷問器具を作り出し、夜を明かす狂気の訓練場だからな」
画面を覗き込んだパッチが、無邪気に手を叩く。
「わあ! 椅子をふたつ並べるんだって! 次やってみようよボルト!」
「二つ並べても俺の体が入るわけねえだろ……。ていうか、あの宇宙人、変な知識ばっかり詳しいな」
「ネットのガセネタを鵜呑みにしている典型的な知性体ですね。……相手にするだけ無駄です、次へ向かいましょう」
僕は溜め息をつき、切ないギターの音色を響かせながら歩くボルトと、キャスター付きチェアを転がすパッチを引き連れて、静かなオフィスビルを後にした。
(第3話・終わり)




