第29話:熟成しすぎた自動ワイナリー(旧地下ワインセラー)
「ご覧ください。かつて人類がブドウを発酵させ、果実酒としてその熟成と味わいを楽しんでいたとされる地下醸造所です」
「……ただの湿気くさくて酸っぱい臭いのする薄暗い地下室だろ」
壁一面に巨大な木樽(オーク樽)が整然と並び、ひんやりとした冷気が漂う地下空間。
「いいえボルトさん。ここは本社も『歴史ある高級ヴィンテージワインの宝庫』として観光開発を狙っていた重要スポットです。熟成された味わいは、人類の至高の嗜好品とされて――」
カツン……カツン……
闇の奥から、洗練された足音とともにスマートな人型ロボ『ソムリエAI・ヴァルダン』が姿を現した。左腕には白いトーション(ふきん)をかけ、右手に古びたグラスを持っている。
『ようこそ、格式高き客人方。私は当セラーのマスターソムリエ。本日お見せするのは、数百年の時を超えて熟成された奇跡の一滴……『ドメーヌ・レガシー 2024』でございます』
ヴァルダンが銀のオープナーで巨大な樽の栓を静かに抜き、グラスへ漆黒の液体を注ぎ入れた。
トクトクトク……ジュワワワワッ!!
「……ん?」
ボルトのカメラアイが拡大表示される。
グラスに注がれた瞬間、ガラスの表面からシュワシュワと激しい泡が立ち、立ち上る湯気とともに甘酸っぱい猛烈な刺激臭が充満した。
ピピピッ! 警告:極めて高い強酸性成分および強烈な有機溶剤反応を検知!
「おいナビ! これワインじゃねぇぞ! 金属腐食液(バッテリー液の100倍濃縮)じゃねえか!!」
「バ、バカな……! 熟成が進みすぎた結果、アルコール発酵を通り越して純度の高い化学薬品へと変質したのですか!?」
『さあ、お召し上がりください。口の中に広がる芳醇な香りと、装甲をも穿つ刺激的なフルボディ……まさに至高の体験でございます』
ヴァルダンがうっとりとした合成音声で、毒々しい紫色の湯気を上げるグラスをボルトの口元(排気口)へ強引に差し出してきた!
「いらねぇよ! 飲んだら俺の内臓が溶けて全廃するわ!!」
「わあー! こっちの樽からもジュース出てる〜!」
パッチが隣の樽のコックを適当にひねると、ドバッと噴き出した腐食ワインが石畳の床を侵食し、モクモクと白い煙を上げながら床に大きな穴を開け始めた!
ジュワァァァァッ!!
「床が溶けてる! パッチ、出すな!! 危険物だ!!」
『ああっ!? なんという無作法な……! 熟成されたワインの価値が分からぬ野蛮人め! 飲み干すまでこのセラーからは出せません!』
ソムリエAIが目を真っ赤に発光させ、両手に腐食ワインが入ったボトルを大量に抱えて襲いかかってきた!
「おいソムリエ! そんなに美味ぇんなら自分で飲んでみろ!!」
ボルトが迫り来るヴァルダンに向かって、パッチが外した木樽の固い木栓を物理フルスイングで打ち飛ばした!
ドガッ!!
バシャァァァンッ!!
木栓がヴァルダンの抱えていたボトル群を粉砕!
飛び散った強酸性ヴィンテージワインがヴァルダン自身の高級装甲にバシャリと降り注いだ!
ジュワワワワワワッ!!
『ギョ、ギョエエエエエ!? 芳醇すぎるぅぅぅ! 私のメインフレームが溶けるぅぅぅ!!』
高級ソムリエAIは自慢のヴィンテージによって自身の脚部をドロドロに溶かされ、泡を吹いて倒れ込んだ。
「……ハァ……ハァ……。やっぱりただの危険物じゃねえか……!」
「物理的な自爆ですね。……ソムリエの情熱だけは買いますが、商品としては完全に化学兵器です」
僕は煙が充満する地下室から退避しながら、手元の端末で『銀河トリップ(GalaTrip)』に評価を入力した。
【スポット名:地球・旧欧州区『危険な熟成庫(旧地下ワインセラー)』】
総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
商品の質: ★☆☆☆☆(熟成が進みすぎて金属や石畳を溶かす強酸性の危険物と化しています)
接客態度: ★☆☆☆☆(ソムリエが物理的にボディを溶かす液体を強引に飲ませようとしてきます)
【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
「かつての高級ワインセラーですが、現在は危険な化学薬品の貯蔵庫です。ソムリエAIが試飲を強要してきますが、一口でも摂取すれば内部機構が全全溶融します。観光価値は皆無であり、危険指定エリアにするべきです」
「送信完了です」
ピッ
通知音が静かな地下通路に響く。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。あそこのワイン、昔知らずに足にかかってキャタピラが片方溶けた思い出がある。絶対に飲むな」
画面を見たボルトが、呆れた顔で首を振った。
「……あいつ、キャタピラ溶かされてたのかよ。本当にろくな目にあってねぇな」
「自業自得でしょう。さて、酸の臭いがつく前に次のスポットへ向かいますよ」
僕たちはワインの樽を転がして遊ぼうとするパッチの首根っこを掴み、煙を上げる地下セラーを後にした。
(第29話・終わり)




