第25話:門前払いのタキシード(旧欧州区・古城エリア)
ゴオォォォ……
重く立ち込める霧の向こうに、古びた尖塔と堅牢な石造りの城壁が姿を現した。
「ご覧ください。ここがかつて文化、芸術、そして無駄な『格式』が極限まで高められたとされる旧欧州区の古城エリアです。空気の重みからして、これまでの荒野とは一線を画していますね」
「……ただの湿気くさくて暗い古城だろ」
足元を漂う濃霧を踏みつけながら、ボルトが鬱陶しそうに肩のジョイントを鳴らした。
「いいえボルトさん。記録によれば、かつての人類はここで『ドレスコード』と呼ばれる過剰な装飾文化を尊び、衣服を持たぬ者を冷遇していたそうです。いわば、美しさこそが正義とされる優雅な領域です」
「へー! お城だ〜! パッチ、お姫様ごっこしたい〜!」
球体ロボのパッチがコロコロと石畳を転がり、古城の巨大なアーチ状の正門へ真っ先に突撃した。
ブブーーーッ!!
直後、門柱に設置された高精度光学センサーが不快な警報音を鳴らし、真っ赤な光線を3体に照射した。
『警告:重度ノ服装規定違反ヲ検知!』
正門の上部から、白銀の装飾が施された『鑑識アテンダントロボ』が静降してきた。その胸元には「正装ナキ者に人権なし」と書かれたプレートが輝いている。
『当城内ハ、タキシード並ビニイブニングドレスノ着用ガ義務付けられております。全身メカニズム剥ぎ出しの「粗大ゴミ」状態での入場ハ断固拒否いたします』
「……あ?」
ボルトのカメラアイが怪しく赤く光った。
「粗大ゴミだと? 俺のこの質実剛健な軍用装甲に向かって何て言った、このメッキ野郎」
「落ち着いてくださいボルトさん。文化の違いです。機械生命体である我々に衣服の概念がないのは自明ですが、この管理AIは臨機応変という言葉を知らないようですね」
『安心してください。正装をお持ちでないゲストのために、簡易タキシード着用サービスを用意しております』
ガシャン! ガシャン!
正門の両脇から巨大な自動アームが伸びてきた。アームが掲げているのは、超巨大な布製の黒いタキシードと、無理やり引き伸ばされた蝶ネクタイだ。
「おい、待て。何をしようとしてる……?」
『対象:大型個体。強制ドレスアップを開始します!』
「やめろ! 俺の排気口を布で塞ぐな! 熱が逃げなくなんだろ!!」
自動アームが容赦なくボルトの巨体にタキシードを被せようと襲いかかる。
生地で顔を覆われたボルトは「見えねえ! 暑い! 息が(ファンが)詰まる!!」と叫びながら乱暴に暴れ回った。
バリバリバリッ!!
ボルトの太い腕が力任せに振るわれ、仕立ての良いタキシードが一瞬で無残な布くずとなって舞い散った。
『異常事態! 伝統アル衣装ヲ破棄! 美へノ冒涜者ト認定シ、物理的駆除を実行――』
「うるせぇぇぇ!! 服なんか着て旅ができるかぁぁぁ!!」
ドガシャーン!!
ボルトの重厚なパンチが鑑識ロボの顔面を打ち抜き、正門のゲートごと粉砕した。
火花を散らして沈黙する門前払いシステム。
「……ハァ……ハァ……。いきなり布着せられて殺されかけるとか、どういう理不尽だよ……」
「お見事な破砕です、ボルトさん。ですが、これでこの地域の異常性が確定しましたね」
僕は溜め息をつきながら、手元の端末を開き、シーズン3の一発目となるレビューを『銀河トリップ(GalaTrip)』へ送信した。
> 【スポット名:地球・旧欧州区『門前払いの関所(古城正門)』】
> 総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
> おもてなし: ★☆☆☆☆(服を着ていない機械生命体を「粗大ゴミ」と侮辱してきます)
> サービス: ★☆☆☆☆(排気口を塞ぐ危険な布製品を力任せに押し売りしてきます)
>
>
> 【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
> 「かつての格式を誇る古城の入口ですが、実態は過剰な美意識に基づいた排他的な関所です。メカニズム剥ぎ出しの状態で訪れると、冷却機能を阻害する『正装』を強制着用させられ命の危険に晒されます。訪問はまったく推奨しません」
「送信完了です」
ピッ
端末が軽快な通知音を響かせる。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。服を着る文化がないロボットに対する完全なヘイトスピーチ施設だからな。ちなみに俺も昔、蝶ネクタイを首に巻きつけられてセンサーが焼き切れたことがある」
布くずを払っていたボルトが、死んだような目で画面を覗き込んだ。
「……あいつ、首に蝶ネクタイ巻かれて壊れたのかよ。ダサすぎるだろ」
「ネットの暇人の過去話はどうでもいいです。さあ、服を着ない堂々とした姿で、この狂った城の奥へ進みますよ」
僕たちは破れたタキシードの切れ端を被って遊ぶパッチを引き連れ、格式だけが無駄に高い古城の敷地内へと足を踏み入れた。
(第25話・終わり)




