第10話:愛とブーケの物理攻撃(結婚式場)
「ご覧ください。かつて人類が『愛』という不確定な感情を担保に、相互の自由を永続的に制限する契約を結んでいた儀式場(結婚式場)です」
「……ただのウェディングホールだろ」
天井から壮麗なシャンデリアが吊り下がり、白いバージンロードが奥の祭壇へと伸びる豪華な大ホール。
「いいえボルトさん。記録によると、ここでは『婚姻』と呼ばれる終身契約が結ばれていました。個体の財産や権利を共有し、互いを監視下に置くという、極めてリスクの高い精神的拘束行為です」
「意味が分からん……。なんで自ら自由を投げ捨てるんだよ」
ボルトが呆れ果てて首を振った、その時だった。
「――イラッシャイマセ。新郎新婦様ノ入場デス」
ギギギ……と怪しい駆動音を立てて現れたのは、蝶ネクタイを模した部品を装着した『自動配膳ロボット』だった。そのトレイの上には、数百年を経てカチカチの石造物のように化石化した『三段重ねのウェディングケーキ』が載せられている。
「ご覧ください、あの物体を。数百年経過しても形状を維持している……強力な化学結合による質量兵器でしょうか」
「ちがうよナビ! あれ絶対おいしい『ケーキ』だよ〜!」
パッチが目を輝かせ、トレイへ飛びかかろうとした。
「侵入者検知!! ケーキ保護プロトコル発動!!」
配膳ロボの目が真っ赤に発光した!
トレイを盾のように構え、ものすごいスピードでパッチを威嚇し始める。
「新郎新婦以外ノ接触ヲ許可シマセン! 愛ノ結晶ニ触レル者ハ排除シマス!!」
「うわっ、ケーキロボが怒ったー!」
「おいおい、なんだこの物騒な式場は! 愛だか監獄だか知らんが、攻撃してくるなら容赦しねえぞ!」
ボルトが拳を握りしめた瞬間、配膳ロボがトレイの脇に飾られていた枯れ草の塊――『ブーケ』を素早く掴み取った。
「愛の祝福(物理)ヲ受け取るが良い!!」
シュバッ!!
配膳ロボがもの凄い腕振りで、枯れ草のブーケをボルトの顔面目掛けて投擲した!
「投擲兵器か!? させん!!」
ドガッッ!!
ボルトの重厚な鋼鉄の拳が空中で一閃。ブーケは影も残さず木っ端微塵に砕け散り、花びらの粉末がホール中に舞い散った。
「ブーケキャッチ成功!! ……って、粉々になっちゃったよ〜!」
「当たり前だろ! 敵の投擲物を素手で叩き落としただけだ!」
「ブ……ブーケガ……愛ノ契約ガ破滅……エラー、エラー……」
配膳ロボは回路がオーバーヒートを起こし、黒い煙を上げてその場に沈黙した。
「……不条理ですね。契約のシンボルを投げつけ、破壊されたらショートするとは。人類の『愛』とはこれほど脆く、危険な代物だったのですね」
僕は呆れながら溜め息をつき、手元の端末に『銀河トリップ(GalaTrip)』のレビューを入力した。
【スポット名:地球・旧東アジア区『終身拘束の儀式場(結婚式場)』】
総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
安全性: ★☆☆☆☆(配膳ロボが化石ケーキを死守し、投擲兵器を投げてきます)
ロマン: ★☆☆☆☆(契約概念が過激すぎ、精神的・物理的被害を伴います)
【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
「かつて人類が自由を放棄する誓いを立てていたとされる不条理な施設です。自動ロボによる過剰な迎撃システムが存在し、物理的衝突は免れません。平穏な機械生命体には一切おすすめできない危険地帯です」
「送信完了です。……さあ、こんな不気味な誓いの場からは立ち去りましょう」
ピッ
すかさず端末が通知音を響かせる。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「★1評価に同意。祝儀袋に三万円を包んで出席し、新郎の友人余興で滑り倒したトラウマしか残っていない」
「サンマンエン……? 存在しない感情のために多額の資源を消費するなど、やはり理解できませんね」
僕は冷ややかに鼻を鳴らし、花びらの粉じんが舞う静かな式場を後にした。
(第10話・終わり)




