表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ニュースキャスターの父、ロッカーの叔父、教師の居候。この家、まともな大人が不在です』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン3

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/40

第34話:『親衛隊の包囲網、相方の意地』

『親衛隊の包囲網、相方の意地』


国立大学のキャンパスは、もはや「聖域」ではなかった。

 佐藤先生の講義室の前には、色とりどりの花束を持った学生たちが列をなし、中には『佐藤教授、論理的に愛して!』と書かれたうちわを持つ者まで現れていた。

「……何だ、あれは。ここはジャニーズのコンサート会場か?」

 譲は、ギターケースを抱えて、廊下の隅で歯噛みしていた。

 

 数ヶ月前まで、佐藤先生の隣でホワイトボードを運んでいたのは自分だった。

 ネタ合わせで詰まった時、一緒に不味い缶コーヒーを飲んでいたのは自分だった。

 なのに今、最前列で先生の言葉を一言一句漏らさずメモしているのは、キラキラした瞳の学生たちだ。

「……おい、そこ退けよ。そこは、俺のマーシャル(アンプ)を置く場所だ」

 譲が無理やり最前列に割り込もうとすると、学生たちから冷ややかな視線が飛んできた。

「……何、あの人? 教授の付き人? 邪魔なんだけど」

「ロック崩れみたいな格好して。教養の欠片もなさそう」

 譲の胸の中で、何かが音を立てて切れた。

「……ああ、そうだよ! 俺は教養なんてねえよ! 五千万の借金に怯えてる、ただの三流だよ! でもな、この男が寝言で『 X の二乗……』ってうなされてる時に、背中をさすってやったのは俺なんだよ!」

 講義室が、一瞬で静まり返った。

 教壇の上で、佐藤先生がゆっくりと眼鏡を直した。

「……譲さん。公共の場で、私の睡眠時のプライバシーを漏洩させるのは、論理的整合性に欠ける行為です。……ですが」

 先生は、手元のテキストをパタンと閉じた。

「皆さん。私が先ほどから解説している『不完全性定理』。それを具現化した存在が、そこに立っている彼です。彼が私の隣でデカい音を鳴らさない限り、私の理論は、ただの死んだ数字の羅列に過ぎない」

 佐藤先生は、教壇から降り、譲の元へ歩み寄った。

「……譲さん。最前列は、あなたの場所です。あなたが不機嫌だと、私の脳内における『笑いの分泌量』が著しく低下し、講義のクオリティが保てません。……早く、準備をしなさい」

 譲は、鼻を赤くしながら、乱暴にアンプのスイッチを入れた。

「……ふん。わかればいいんだよ、教授。……いいか学生ども、よく聴け! これが、佐藤教授が世界で一番愛してる、三流の不協和音だ!」

 ジャガジャガジャーン!

 講義室を揺らす、暴力的なまでのギターの音。

 学生たちは驚き、耳を塞いだが、次第にその熱量に圧倒されていった。

 佐藤先生は、その爆音のリズムに合わせて、ホワイトボードに今までで一番複雑で、一番自由な数式を描きなぐった。

 結局、講義は「親衛隊」の悲鳴のような歓声と、譲のギターソロで幕を閉じた。

 

 帰り道、夕暮れの阿蘇を見つめながら、譲がボソリと言った。

「……先生。明日も、あの肉じゃが、食べるか?」

「計算するまでもありません。……あなたの作る、あの『解の定まらない味』が、今の私には最も必要な栄養素ですから」

 水前寺家のリビングでは、航が由佳と一緒に、海と空をあやしながら笑っていた。

「見たか? 譲のあのアナログな嫉妬。あれぞ、水前寺家のソウルだよな!」

 家族。相方。

 どんなに立派な肩書きがついても、彼らを繋ぐのは、たった一つの「居場所」という、理屈を超えた絆だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ