第33話:『アカデミック・ブルース、教壇のセンターマイク』
『アカデミック・ブルース、教壇のセンターマイク』
国立大学の第 1 大講義室。
そこは本来、真理を探究する沈黙の聖域であるはずだった。
だが、壇上に設置されたのは、二本のマイクと、巨大なマーシャル・アンプ。
「……静粛に。本講義のシラバス(計画書)を変更します。今日は『笑いにおける不確実性の証明』、および『三流ギタリストの生存戦略』について実習を行います」
佐藤先生の、これまでで一番凛とした声が響く。
学生たちが息を呑む中、教壇の袖から、革ジャン姿の譲が現れた。
「……先生。教授になっても、相変わらず話が長えよ」
譲がギターのプラグを差し込む。
「……おい。そこの学生。お前、さっきから死んだような顔して教科書見てるけどさ。……そんな薄っぺらい紙の中に、お前の答えはあるのか?」
譲が弦を強く弾く。
ジャギーン! という歪んだ音が、講義室のステンドグラスを震わせた。
「俺は、大学なんて出てない。五千万の借金(予定)に怯えてる、ただの三流だ。……でもな、この音だけは、誰にも採点させねえんだよ!」
佐藤先生が、ホワイトボードに大きく 1+1= \text{?} と書いた。
「諸君。論理的には 2 です。しかし、私と彼が組めば、それは時に 100 になり、時にマイナス無限大になります。……その『揺らぎ』こそが、人間という名の再履修なのです!」
譲のギターが、疾走感溢れるリフを刻み始める。
佐藤先生は、教壇をステージに変え、教科書を放り投げ、論理的なボケを連発した。
最初、呆気にとられていた学生たちは、いつの間にかペンを置き、立ち上がっていた。
エリートを夢見て、正解だけを探してきた彼らの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「……ああ、そうか。間違えてもいいんだ」
最前列の女子学生が呟いた。
講義の終了。
佐藤先生は、汗を拭い、眼鏡を直して、再び「教授」の顔に戻った。
「本日の課題です。各々、自分の人生で最も『格好悪い失敗』を一つ選び、それをどうやって笑いに変換するか、数式で示しなさい。……以上です」
大学の廊下を、二人で歩く。
「……先生。教授ってのも、意外とライブハウスみたいで悪くないな」
「譲さん。あなたのギターが、本日の平均GPA(成績評価値)を底上げしたようです。……明日からも、マネジメントを頼みますよ、専務」
水前寺家のリビングでは、航が「おはようくまもと」の録画を確認しながら、誇らしげに鼻をすすっていた。
真菜が、海と空にテレビを見せて笑っている。
「ほら、パパと先生だよ。世界で一番、かっこいい三流たちだよ」
夕暮れのキャンパス。
二人の男の影は、長く、力強く伸びていた。




