第32話:『教授の椅子、三流のステージ』
『教授の椅子、三流のステージ』
「……教授への復帰。論理的に見て、これを拒絶する理由は 0.1\% も存在しません」
佐藤先生の言葉は、氷のように冷たくリビングに響いた。
テーブルの上には、名門大学からの招聘状。
譲は、持っていたピックを床に叩きつけた。
「だったら行けよ! 最初からわかってたんだ。先生みたいなキレ者が、俺みたいなのとドサ回りしてる方がおかしかったんだ。……『再履修』、本日で解散だな。おめでとうございます、教授!」
「譲さん、言葉を慎みなさい。私はまだ――」
「うるせえ! 俺は、あんたの『研究対象』だっただけだろ!? もう十分だ、データの収集は終わったんだろ!」
譲はギターケースを掴むと、玄関を飛び出した。
深夜の公園。
譲がベンチで震えていると、背後から聞き慣れた足音がした。
「……譲さん。あなたの感情的な爆発により、私の計算は大きく修正を余儀なくされました」
佐藤先生が、手に小さなホワイトボードを持って立っていた。
先生は、外灯の光の下で、素早くグラフを描き始めた。
「私は、大学に回答しました。教授職は受ける。ただし、私の肩書きは『客員教授兼、株式会社再履修・専務取締役』であると。……大学側は『前例がない』と難色を示しましたが、私は論破しました。生きた喜劇を解明せずして、何を教えろと言うのか、と」
「……え?」
譲が顔を上げる。
「譲さん。あなたがいないと、私はただの『理屈っぽい男』に戻ってしまいます。あなたが奏でる不協和音があって初めて、私の論理は命を宿す。……私は、教授の椅子よりも、あなたの隣の『立ち位置』を選びたい」
佐藤先生は、眼鏡を拭きながら、珍しく声を震わせた。
「……三流の相方で居させてくれませんか。これは、私の人生における、最も非論理的な、けれど最も確かな『正解』なのです」
譲は、鼻をすすりながら笑った。
「……勝手なこと言うなよ、先生。……教授を相方にするなんて、俺、また練習量増やさなきゃいけないじゃんか」
数日後。
大学の巨大な講義室。
教壇に立つ佐藤先生の隣には、アンプにプラグを繋ぐ譲の姿があった。
集まった学生たちがざわつく中、先生がマイクを叩く。
「静粛に。本日の講義は『不確実性の中の幸福論』。……相方、出囃子を」
ジャカジャカと、軽快なギターの音が講義室を震わせる。
水前寺家の「再履修」は、終わるどころか、アカデミックな世界さえも巻き込み、さらに大きなステージへと走り出していた。




