第31話:『論理的生放送、電波に乗った家族会議』
『論理的生放送、電波に乗った家族会議』
「……おはようございます。今日から由佳キャスターに代わり、スペシャル・コメンテーターをお迎えします。私の親友であり、コンビ『再履修』の相方、佐藤先生です」
航の声は、これまでの 20 年のキャリアで一番震えていた。
カメラが切り替わると、そこにはスタジオのセットを無視して、巨大なホワイトボードの前に立つ佐藤先生がいた。
「佐藤です。本日の熊本市の湿度、気圧、および通行人の歩行速度から算出した『幸福の期待値』について解説します。航さん、フリップは不要です。私の計算の方が正確ですから」
「……あー、先生。まずは挨拶というか、爽やかな笑顔を――」
「笑顔に論理的根拠はありません。それより航さん、あなたの今日の声の周波数は、明らかに睡眠不足を示唆しています。海くんと空くんの夜泣きによるリソースの枯渇ですね?」
「生放送でプライベートを晒すな!」
テレビの前の茶の間では、譲が頭を抱え、真菜と修がSNSの爆速の反応をチェックしていた。
『この人、誰!? 面白すぎる』『朝から数式見せられたの初めてw』『水前寺アナ、頑張れ!』
番組の中盤、地域のお悩み相談コーナー。
一人の母親から「ワンオペ育児で心が折れそう」というメールが届いた。
いつもなら「無理しないで」と優しく返す場面で、佐藤先生はマーカーを握り直した。
「……質問者の方。育児を『個人のタスク』と定義するから苦しくなるのです。生物学的に、ヒトは共同体で育児を行う動物です。あなたが孤独を感じる確率は、社会の設計ミスによる変数であって、あなたの能力不足ではありません」
先生は、ホワイトボードに大きく 1+1=2 ではない、不思議な数式を書いた。
『母 + 家族 + 友人 = 無限大』
「論理的に言って、あなたは一人ではありません。現に、今この瞬間、私の相方の由佳さんも病室で戦い、それを支える我々というバックアップが存在します。……あなたは、システムの一部として、頼る権利があるのです」
スタジオが、一瞬、静まり返った。
航が、目元を熱くしながら、カメラに向かって力強く頷いた。
「……その通りです。皆さん、我々は三流の家族ですが、三流なりに肩を組み合って生きています。今日は、その不格好な姿を、先生に見せてもらいました」
エンディング。
航が、カメラを指差して笑った。
「由佳君! 明日のネクタイ、選んどいてくれよ! 佐藤先生がまた変な数式を書かないように、俺がしっかりマイクを握るからな! ……それでは皆さん、今日も元気に、いってらっしゃい!」
放送終了後、スタッフから「瞬間最高視聴率でした!」と駆け寄られる二人。
佐藤先生は、眼鏡を拭きながらボソリと呟いた。
「……航さん。テレビの照明の熱量計算、間違えていました。……非常に、暑い(熱い)ですね」




