鋼の心。
「ただいまー」
「……おかえり」
「うおおおっ!?」
バイトを終え、響子さん勧誘がうまくいきそうなことに浮かれながら帰宅した俺を出迎えたのは、いつもの布の塊だった。あれ、鍵かけ忘れてたかな?
「おそい。ひな、おそい。おなかすいた」
「……普通に俺の家に侵入しておいて、最初に言う言葉がそれかい」
「ん」
俺のツッコミが聞こえていないのか、それとも無視しているのか分からないまひるが差し出したのは、俺が買いだめしておいたカップラーメンの容器だった。
「はいはい……。作ればいいんだろ、作れば」
まひるの謎の生態を考えても仕方ないので、電子ケトルに水を入れスイッチを押す。
「……ひな、なにかいいことあった?」
「まぁな。……聞いて驚け、あのLAKIさん勧誘計画が上手くいきそうなんだ」
「むぅ」
嬉しいニュースのはずなのにまひるは不満げだ。めっちゃ頑張ったのに。まぁ結局店長がなんとかしてくれただけだけど。
「ひなが、とられる……」
「いつから俺はお前のものになったんだよ。仲間になるかもなんだし、仲良くしような」
「……がんばる」
なおもうーうー唸っているまひるをスルーしつつ、出来上がったカップラーメンの蓋を開け、いつもように麺をふーふーしつつまひるに差し出す。無意識にそんなことをしている自分に思わずため息が出る。
「むぐむぐ」
「努力するって話はどこいったんだよ」
「はひふぁふぁふぁ(明日から)」
「はいはい……」
ニートのような言い訳をするまひるにうんざりしていると、俺の腹の虫がぐぅ、と空腹を知らせる。
「俺も食べるか……。あれ?」
どうやら今まひるが食べている分で最後だったようだ。こいつが住み着いてから俺の家のカップラーメンが光の速度で消えていく。特殊相対性まひる理論。
「あーん」
コンビニでも行くか、と考えていると、俺にまひるからラーメンが差し出される。
まひるの思いもしない行動にバグった脳内コンピュータが弾き出したのは――。
「……あーん」
そのまま麺に食らいつくというエラーだった。
「おいしい?」
「……おいひぃ」
「ひな、がんばったね」
まひるが優しい目でこちらを見つめながら手を伸ばし、俺の頭を撫でる。
なぜかひどく安心してしまう優しい撫で方だった。まるで壊れそうなものを必死に守るような――。
「ひなはがんばってる。わたしも、がんばる」
「……明日から、な」
「うん」
優しくこちらを見つめるまひるの目と目が合う。いつもの覇気のない瞳の奥に、まひるの優しさが見えた気がした。
しばらく無言で見つめ合う。気恥ずかしくなった俺はまひるから視線を外す。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや、なんか匂うような……?」
空腹が少し満たされた俺は、部屋に漂う匂いにふと気付く。まさか――。
「……まひる、最後に風呂に入ったのはいつだ?」
「……」
無言で固まるまひる。目がめちゃくちゃ泳いでいるのは俺の気のせいじゃないはずだ。
ため息をつきつつ風呂場に向かい給湯のボタンを押す。この部屋はワンルームだが、風呂トイレ別の素晴らしい物件である。俺のこだわりポイントだ。
まひるの方に顔を戻すと、俺の元相棒ソファに顔を埋めて死んだように動かなくなっていた。
「――選べ。今すぐこの部屋から出ていくか、風呂に入るか」
俺の無慈悲な宣告に顔をあげたまひるは、世界の終わりのような顔をしてこちらを見つめている。そんな顔しても意味ないからな?
「……ひなのえっち」
「なっ……!」
今日だけで変態だの、えっちだの、散々な言われようだ。というか、そんなこと風呂も入ってないやつに言われる筋合いはない!
「そんなこと言うなら、今すぐ部屋に戻りなさい。俺は善意で言ってるんだぞ。決してやましいことなんて考えてない」
「ひななら……いいよ?」
「バカなこと言ってないでほら、風呂沸いたから、早く入れ」
色気もクソもないまひるにそんなことを言われても俺の鋼の心は動かない。動かないったら動かない。
「……わかった」
返事をしたかと思うと、まひるはいきなりクソデカパーカーを脱ごうとしだした。
「おい馬鹿ここで脱ぐな!」
裾を持ち上げようとしているまひるの手を押さえて、服を戻す。あまりの出来事に俺のガラスの心臓がドクドクと脈を打つ。
焦った俺は無理やり脱衣所にまひるを押し込む。モゴモゴとなにか言っていたようだが俺の耳には全く入ってこなかった。
冷静で紳士な俺を誰か褒めて欲しい。




