常連さんはサボリ魔。
翌朝。
すっかり見慣れた通学路をぼんやりと歩く。大学の近くは学生用のアパートが多く建ち並んでいるようで、そこかしこに大学生らしきグループが楽しげに歩いている。
昨日は結局、まひるは俺の部屋で眠ることに。別の布団で寝ていたはずのまひるは、朝起きると俺の布団へ潜りこんですやすやと寝息をたてていた。俺との約束はさらさら守るつもりはないようだ。
どうやってまひるを自立させようか考えていると、いつの間にか大学へ到着していた。
そういえば昨日の夜、武井くんからメッセージが来ていたことを思い出す。
『一限は学部の共通の授業だし、一緒に受けないか』
教室に入り辺りを見回すと、ひときわ目立つ髪型をした武井くんの姿が目に入る。
「おはよ。ずいぶん早いね」
「まぁな」
武井くんの隣の席に着く。しばらくすると授業が始まった。見た目に反して武井くんは真剣に教授の話を聞いているようだ。ちらりと伺うと、綺麗な文字で板書をルーズリーフへ書き写している。そんな気はしていたが、武井くんはかなり真面目なようだ。
二限からは別々の授業だったので、武井くんと別れて別の教室へ。授業をうけている間もバンドメンバー集めのことで頭がいっぱいだった。
そうこうしているうちに授業は終わり、お昼になる。お昼ご飯はどうしようかな。せっかくだし、バイト先でもあるoasisでなにか食べようか。昨日見た感じフードメニューも充実していたし、もしかしたら店員割引なんかもあるかもしれない。
そんなせせこましいことを考えながら構内を歩いていると、軽音サークルらしき集団に熱心に勧誘を受けている武井くんの姿が見えた。
武井くんはすこし困った様子で勧誘を受け流している。興味はあるが、どうしようか考えているようだ。
バンドメンバーを集めるなら軽音サークルに入るのが手っ取り早そうではあるけど、あのいかにもリア充な人たちとまひるが一緒のバンドを組む未来が全く浮かばない。まぁ、リア充ほどいい奴が多いし、不可能ではないだろうけど……。
頭を悩ます俺に気づいた武井くんがこちらを見る。取り込み中の武井くんに向けて俺は軽く手をあげる。武井くんもこちらに手を振りかえしてくれる。
「またな」と声には出さず口を動かす。武井くんも俺の様子を察して、勧誘メンバーに向き直る。あとでメッセージを送っておこう。
◇◇◇
「あら、ヒナヒナちゃん。いらっしゃい」
oasisに到着した俺は、可愛らしいエプロンを身につけたノエルさんに迎えられる。来客はまばらで、数人がカウンター席にいる程度だ。
「おはようございます、ノエルさん。お昼を食べに来たんですけど、……大丈夫でしたか?」
おずおずと俺は尋ねる。迷惑にならないだろうか。
「もちろん大歓迎よ〜。いつでもいらっしゃいな」
良かった。安心した俺は空いているカウンター席に腰掛け、ノエルさんに1番人気のメニューだと教えられたオムライスを注文する。
上機嫌そうなノエルさんは鼻歌を歌いながら慣れた手つきでオムライスの調理にとりかかる。すぐに食欲を誘ういい匂いが店内に充満し始める。
ふと隣を伺うと、初日にやってきていた常連さんが座っていることに気づく。相変わらず派手な見た目だ。スマホの音ゲーを熱心にプレイしている。
よくみると制服を着ている。高校生なのか?こんな時間にここにいるってことはサボりか。なかなかの不良生徒のようだ。
「なんだよ」
俺の視線に気づいた不良生徒はイヤホンを外しながら俺を睨みつける。その視線にはあらかさまな敵意が込められていた。
「いや、えっと、スミマセン」
思わず謝ってしまう。
「ジロジロ見んじゃねぇよ」
「ちょっと、響子ちゃん。新人くんを虐めちゃダメじゃない」
俺たちのやりとりに気づいたノエルさんが調理の手を止めずに仲裁してくれる。響子っていうのか、この子。
「新人?……お前、ここの店員なのか」
「まぁ……はい、一応」
「ふん」
興味を無くした様子の響子……さんはイヤホンを耳にはめなおし、音ゲーを再開した。怖かった。
「ごめんね、ヒナヒナちゃん。彼女、変わってるから」
「はぁ」
曖昧に頷く。これから店員として彼女に対応していく自信がなくなってきた。
「誰が変わってる、だ。店長のほうがよっぽど変わってるだろ」
イヤホン越しに俺たちの会話が聞こえたのか、響子さんがスマホから目を離さずに不機嫌そうに言う。否定できない。
「あら、そんなこというなら学校に連絡しちゃおうかしら」
「……ちっ」
それきり彼女は黙ってしまった。めちゃくちゃ気まずい。俺も黙ってノエルさんがが作っているオムライスの完成を待つことにした。
◇◇◇
5分ほどすると完成したオムライスをノエルさんが持ってきてくれる。美味そう。俺も自炊、始めようかな。
チリンチリン──。
出来立てのオムライスをなるべく静かに食べていると、来客を知らせるドアの鐘の音が聞こえた。
「日向くん。おはよう」
「おはよう、ございます」
やってきたのは月島先輩だった。オムライスを頬張る俺に挨拶をしてくれる。
「おや、響子も。今日もサボりかい?」
どうやら月島先輩も彼女と知り合いのようだ。まぁ、当然と言えば当然だけど。
「……お前には関係ないだろ」
月島先輩に向かってお前、と返すあたり深い付き合いなのかも知れない。仲良くはなさそうだけど。
「……またその曲を聞いてるのかい?よっぽど好きなんだね」
「うるせぇ」
先輩は彼女の背後からスマホ画面を眺めながら言う。つられてその視線の先を追うと、俺の作ったあの曲の名前が画面に表示されていた。
「──見んじゃねぇ」
彼女はサッとスマホ画面を隠す。思わぬところに俺の曲のファンがいたことにすこし嬉しくなる。
「お前、なにニヤニヤしてんだよ」
知らないうちに嬉しさが顔に出ていたようだ。むすっとした顔で彼女がこちらを見ている。心なしか、その顔は赤くなっている。照れているのだろうか。
「……帰る」
彼女は立ち上がると、千円札を机に置いて足早に店から出ていってしまう。お釣りはどうするんだろう。
「お釣りは次来た時に返してるんだよ。彼女、常連だからね」
そんな俺の疑問を察したのか、月島先輩がそう教えてくれる。なるほど。
「なかなか難しい子だけど、仲良くしてあげてほしい。無理にとは言わないけどね」
「……頑張ってみます」
正直、仲良くなれる気はまったくしないが、一応、努力はしてみようか。見た目は怖いけど、悪い子ではなさそうだ……。
──これがのちにバンドメンバー第一号となる、相良響子との出会いだった──。




