第31話 選択
「あ、おかえり真白っち」
教室のドアをくぐると嵐が手を振りながら呼びかける。
嵐とハイドたち以外からは相変わらず冷ややかな視線が送られる。
セト先生からの注意で模擬戦の申し込みは収まったが、この空気だけはしばらくはずっと続くだろうな。
「こってり、たっぷり絞られてきたよ」
「だろうね~。選択授業を決めてもらうためにセト先生が後で職員室に来いってさ~」
「真白は何の授業を選ぶんだい?」
「とりあえず思創の卵概論だな。基礎からしっかり学びたい。もう一個は先生と話して決めようかな」
「基礎からしっかり何て意外と堅実ですね、真白は」
意外そうに言いながらもわかっていたと顔に出てるぞ。
しれっとウィリアムも頷いてるし。
ウィリアムは各国の法や裁判の研究、ハイドは付与装具と各国の護身術を選んだそうだ。
みんな夢ややりたいことに対して真面目に選んでるから、何か申し訳ない気持ちになるな。
「真白っち食堂に行こうよ。私お腹すいちゃった」
「いや、俺はいいや。何かお腹空いてないんだよな」
「あーッさっき早弁したんだ!」
「・・・どうなんだろうな。食べたような気はするんだけど思い出そうとすると頭痛がするんだよな」
「何それ、怒られすぎちゃった?」
食堂でフォルト先輩と話した後が思い出せない。
本能が告げている、世の中思い出さなくてもいいことはあると。
「多分姫たちもいると思うけどいかないの?」
「猶更やめとくよ、今日は余計に目立つだろうから。先にセト先生の用事を終わらしとくかな」
「りょかーい。じゃあまたあとでね」
俺は手を振る嵐に見送られながら一人職員室を目指した。
――――
「失礼しまーす。セト先生はいらっしゃいますか?」
「来たか御影。そこの空いていル席に座レ」
セト先生はウインドウを閉じて作業を中断すると促した席の正面に座る。
一対一で面と向かって座ると圧が半端ないな。
「そう構えなくていい。たっぷリ絞らレてきたのだロう?今更穿リ返す気もない」
これは気を使ってもらった・・・のか?
表情が見えないからわかりづらいな。
「選択授業は決まっていルのか?」
「一つは決まってます。思創の卵概論を受けようかと。講師はセト先生ですよね」
「そうだ。基礎も基礎だかラ受講者は少ないがな」
この学園に入ったのに今更基礎を学び直すことなどないと思っている人が多いのだろう。
ただ俺たちの思っている基礎とセト先生の基礎は多分違うものだと思う。
捉え方なのか、考え方なのか、わかってはいないが悪意にも言われたしな。
「あの、先生に聞きたいことが何個かあるんですけどいいですか」
悪意のことを思い出して、聞きたいことがあったのを思い出した。
「答えレる範囲であレばいいだロう。何が聞きたい」
セト先生はいつも通りの淡々とした口調で返す。
「まずはその黒いローブは珍しものですか?知り合いがそれに似たようなものを身に着けてまして」
まずは悪意の着ていたものと似ているローブからだ。
闇を纏っているかのような漆黒のローブ。
顔が見えない認識阻害付きなんてそうそう手に入るものではないと思うが。
「このローブが気になルのか?こレは『隠者のローブ』、着ていル者の隠したいものを隠すローブだ。珍しいと言えば珍しいが金を積めば手に入ラないこともないが、何を聞きたい」
やっぱりお見通しか。
俺は少しだけ声のトーンを落として次の質問を投げかける。
「悪意と名乗ってる女性を知りませんか?漆黒の長髪に白い肌、紫紺の瞳に真っ黒なローブの女性です」
覚えている限りの彼女の情報を並べる。
あといえることがあるとすればやたら回りくどいしゃべり方をするくらいか。
「悪意・・・。いや、覚えはないがその人物を探していルのか?」
「探しているわけではないんですけど、その人を知っている人だったら父さんのこと詳しいかなと」
「御影晶について詳しい、か。父の面影を追っていルのか?」
「そんな大層な理由ではないんですけど、父さんからの宿題というか、何というか」
どこまで聞いたらいいかわからなくて曖昧な返事になってしまう。
フォルト先輩のヒント、『死神は先生のあだ名』
正直死神っぽい先生でパッと思いついたのがセト先生でした、何て言えないしな。
ただセト先生なら悪意について知ってるんじゃないかと期待してしまっていた。
「そレに関しては役に立てそうにはないな。他に聞きたいことは?」
「これも父さん関連なんですが、御影晶がしていた研究や力を入れていた学問はありますか?できれば選択授業のもう一つをそれにしたくて」
「直接彼を見ていた訳ではないかラ詳しくはないが、神話や鉱石、後は言語の教室をよく出入リしていたと記憶していル」
「神話と鉱石と言語・・・ですか。俺が受けれる選択授業にその科目はありますか?」
「鉱石と言語は大丈夫だロう。神話は少なくともAに入ラないと無理だ」
上位クラスの優先権ってやつか。
まぁ神話は錬金術の次に人気な科目だからしょうがないか。
「いろいろ教えてもらってありがとうございます。もう一つの選択は言語学にしようと思います」
「わかった。そのように手配すル。他にないなラもう行っていいぞ」
セト先生は作業に早く戻りたいのかしっしと手を振りながら言い放つ。
俺もある程度聞けたことで満足できたので、一礼して職員室を後にする。
しかし、死神の最有力候補がなくなってしまった。
ハッキリ聞いたわけではないが、なんとなく違うのかなと感じた。
一番早いのはもも先輩のお手伝いを終わらせることか。
「やれることをやってくしかないな!」
俺は気合を入れ直して廊下を歩く。
まずはもも先輩の研究、その次に選択授業だ。
――――
「行ったか」
先程の御影真白との会話を思い返す。
漆黒の髪に白い肌、紫紺の瞳と黒いローブか。
『悪意』この名前に覚えはない、覚えはないがどうにも引っかかる。
「まさかとは思うが・・・考えすぎか」
もし本当に自分の知る彼女のことであるならば準備が必要だろう。
念には念を、ただの思い過ごしならそれでいい。
用心するにこしたことは無い。
「やルことが増えてしまったか」
「みんなの可愛い~アイドル!乙女ちゃんだよッ☆」
人が真面目に考えているというのにと、セトは心の中でため息をつくと乙女の方に視線を向ける。
「何か用か」
「何か用か、じゃないですよ!規格外君と何を話していたんですかッ!」
「選択授業についてだ。そレ以上も以下もない」
頬を膨らませながらビシッと指を立てる乙女。
茶目っ気にあふれる行動に他の先生からクスクスと笑い声が零れる。
この女は所作から全てがうるさい、情報過多だ。
学園の監視役なのはわかるがもう少し他にいるだろう。
「で、実際なんの話ですか?やることって」
笑顔の表情とかみ合わない瞳でこちらに問いかけてくる。
その温度差に監視役はやはりこの女以外にいないのだろうと思い直す。
「御影が選択授業に思創の卵概論を選択した。テキストを新調すルのが煩わしいなと思っていた所だ」
「へぇ、規格外君がですか。どうやって口説いたんですか?みんな彼にお熱なんですよ」
「勝手に来ただけだ。そんなにお熱なら一つ情報提供だ。御影晶の足跡を追っていル」
「御影晶・・・ですか。まぁ息子ですし変な所はないのでわ?」
「父からの宿題だそうだ」
「それは――――有意義なお話ありがとうございます♪」
何か思い当たる節はあるのか。
彼も難儀なものだと思わず同情してしまう。
私自身ももし彼女とのルートを持っているなら無関係というわけにもいくまい。
調べた結果違ったならそれまでだが、結果が出るまでは様子を見るか。
心の中で一つため息をつき、懐かしい気配を匂わせる少年の未来を憂う。
今は不本意ながら一応教職に立つものだ。
私の範囲内であの真っ直ぐな瞳くらいは曇らせないようにしてやろう。
まったく、本当に面倒くさいことこの上ないな。




