裏切りの代償
今になって思えば、おかしなことがあった。
何故、美禮の存在を浹に隠していたのか。
――美禮を使った実験……、それを私が阻止するのを恐れたから。
(な、訳ねーだろ、タコ! アイツはオレが止めようが止めまいが、端っから止まるような奴なんかじゃねー……、だろっ?)
本当にその通りだ。
何処からか聞こえてきた、呆れたようなその罵倒に同意し頷く。
確かにあの男は……、あたしが知る限り、『美馬 隆二』を止めることなんて誰にも出来やしない。
それなのに、そんな事も簡単に考えつかないなんて。
――いいえ、違う。
あたしが勝手に、『多重人格障害』だった自分に、『解離性同一障害』である彼女を会わせるのをあの男が躊躇った、などと馬鹿げた妄想じみた夢を見たのだ。
――頭が痛む。信じられない。馬鹿が過ぎる。
アマネは出来ることなら、今すぐ銃口を自分の左の蟀谷に当ててしまいたかった。しかし、そうする前にまだやるべき事が残っている。
視線を前に向けると、そこには美しい黒い女が立っている。
黒髪黒目、白い肌。
血を被り、艶を増した長い黒髪は出会った当初から変わらない美しさを誇ったまま、アマネの目の前でユラリ揺らめく。だが同時に、そこには確かに変わってしまったモノも存在していた。
白い肌……陶器のように冷たい温度を連想させる凹凸のない滑らかな肌には、幾筋もの黒い線が汚らわしく浮かび上がっていた。まるでナメクジが這って行った後のように、わずかに光を反射し仄暗い灯りを放っている黒い跡。
――それは、未来永劫消すことの出来ない罪の証。
それを消しきるまでは、宮田は此処から降りるわけにはいかない。
(――考えろ、生きて此処から出るために。そして、此処から出た後も生きていくために!!)
そうだ、今、考えなくては。
彼を理解するんだ。そうしなければ同じだ。此処から出たとしても繰り返し命を狙われる。いずれ……殺されてしまう。
(では何故、半年間もの間、執拗に隠し続けてきたはずの美禮の存在を今頃になってから急に露見させてきたの? 何か理由が……)
――それも、間違いですよ。
そうだ違う、間違っている。
優しく諭すような声に促されて、ミノリは思考を飛ばした。
今ではなく過去に……それは半年前だ。
――彼が決断した日。
初めて、美禮が『美馬精神病院』に訪れた日。
何故、あの男は急に『ミヤタアマネ』の処分を決断したのか。
(『ウスイミノリ』という、格好の手駒が手に入ったから?)
本当に、そうだろうか?
恐らくはそれも大きな要素の一つではあるのは間違いない。だが、そもそもミノリがいなくとも、彼には他にも手駒があったはずだ。
例えば『あの女』――警視庁長官の執務室での大胆な密会を果たしていた彼女。
彼の元部下にして、アマネの元同僚。
あの女ならばアマネの神能についても十分に熟知している。そして、嬉々としてこちらを殺しにかかってくる事だろう。
三馬鹿トリオ……、今の神捜研の人間たちが躊躇うことでも、彼女はきっとする。それから元々、気に食わないと思っていたのだ、お互いに。それに気づかぬ彼でない。加えて、彼女には『大きなコネクション』がある。まさにアレがある限り、手段を選ばず何でも可能。人一人、容易く殺って無かったことに出来る権力。
まさにアマネを殺すにうってつけの人物だ。
それなのに、『あの女』をアマネには差し向けてこなかった。
むろん、あの女ごときにむざむざ殺られるアマネでもないのだが、単独ならまだしも、美馬と組まれてしまうとかなり厄介だったはず。
その他にも『ちまたの神使い』だのなんだの、きっとアマネさえ知らない駒はたくさん持っていただろう。なのに、何故それらではなく『ミノリ』だったのか。
(そう言えば半年前。確か、半年前は――)
離婚した時期――夫である輝に、美馬との不倫がバレてしまった時期。それと重なる。
(それだろうか? でも、なんであたしの離婚が……)
と、答えまであと僅かに迫ったところで、無情にもタイムアップを告げる美声がフロア中に響き渡る。
「アマネさん、ご質問はもうよろしいでしょうか? よろしいですよね!?」
その声が合図だったのか、再び仮面の男たちが眼前を覆いつくす。もう、ミノリの姿は何処にも見えなくなっていた。
「じゃあ、また再開しましょう! ほら、踊ってくださいっ! 今夜は楽しい、ダンスパーティーですよっ!!」
伸びてきた手を蹴り砕きながら、アマネは素早く銃を懐に仕舞うと、不敵な笑みを浮かべて指を打ち鳴らす。
――パチンッ!
不敵な笑顔のままウインク一つを彼女に投げて、そのまま右手を宙にかかげて言った。
「OK、ベイビー。じゃあ、もっとこのパーティーを賑やかに、楽しくしてあげるわよっ!」
アマネは瞼を下ろす。
殺到する仮面たちも、席巻する嘲笑も、すでに遠く。
彼女は一点に集中して額の辺りに力を込めると、それから吠えるように叫んだ。
「来いっ……あたしの『イマジナリーフレンド』っ!!!!」
床に落ちるシャンデリアの砕けた輝きが、今宵の第二幕の幕開けを華々しく彩っていた。




