消すのはだぁれ?
「どうしたのですか? もう、お終いですか?」
ミノリの楽しそうな声が耳に届く。
鈴の鳴るような美しい声の中に潜むのは、滴るような悪意――
ではなく、おそらくは単純な彼女の心情。
――楽しくて、楽しくて、楽しくて……楽しいのに、ツマラない!!
もっと、もっと、楽しくなりたい! もっと、もっと、遊び足りない!
貪欲なその声が、宮田を大きく責めたてている。
だって、ここにいる中で彼女の遊び相手足りえるのは『アマネ』しかいないのだ。そこに悪意はない。ただただ、親しい友達を遊びに誘う無邪気で陽気なもの……。
そう! ミノリにとってこれは全てお遊び!
それが痛いほどに理解できる宮田は、ひとつ、ため息を床へと落とす。
「ねえ……一つだけ、聞きたい事があるのだけど……」
そう言ってから口にするのは、随分と今更なことだ。
「ミノリ……あらやだ。貴女ってお名前、何ていうのかしら?」
問うべき疑問の前に、また新たな謎が浮上する。
(まあ、これも今更か……)
短期間とは言え、アマネが同居生活を共にしていた相手は『コレ』ではない。アマネと暮らしていた『ウスイミノリ』は、およそ人らしい感情が乏しく、故に演技など到底出来はしなかった。
だがこの娘は違う。この娘は彼女よりも数段、人らしい。
……いい意味でも、悪い意味でも。
見れば彼女は欲望に忠実な性質のようだ。我慢が効かない恐ろしさがあるが、しかしこの彼女ならば何らかの交渉や取引も可能かもしれない。あの娘は保身など考えないだろうが、この娘は違うような気がする。
……例えば、『過去の事件を見逃す代わりにもうこれ以上人を殺すな』という取引を持ち掛ければ、おそらく一考くらいはするだろう。
だが……いや、全ては遅すぎた。
その証は、もうすぐ彼女の全身に現れてくるだろう。
アマネはこの、『笑顔を浮かべることが出来る方の彼女』の名を聞いたところで、もはやどうしようもないのだ。あと何個の人格が彼女の内に潜んでいたとしても、宮田に出来ることはすでに殺す事だけなのだから。
「……まあ、名前の方は、言いたくなければ別にいいんだけど」
知りたいような、知りたくないような。
複雑な心境で床に落とした視線を無理やり持ち上げ、もう一度気を取り直して彼女に向かい問いかける。
「貴女……どうして、今日あたしが殺しに来るって分かっていたの?」
その時、
フロア中が揺れるほどの笑い声が響き渡った。
嘲りが含まれたソレを返答代わりに受け取りながら、宮田はどこか満足していた。
(――ああ……。やっぱり、そうだったのか……)
「ふっ、ふふふふふふっ。まさか、そんな事を今さら聞くなんてねぇ? そんなの決まっているでしょう?」
満面の笑みの彼女が見えた。
わざわざ彼女の前にいたゾンビ擬きたちを、一匹残らず横の方へと移動させたのだ。
勝ち誇ったその笑みを、宮田へと見せつけるためだけに。
「『先生』が教えてくれた、に決まっているでしょう」
――先生。
――美馬先生。
――私の先生、私のっ……、私を……っ、
こんな風にした、『元凶』っ!
(違うっ!!!!)
――アイツは違う。
――アイツは擬き。本当は、医者なんかじゃない。
――――『美馬 隆二』
本来のアイツは、『精神病学捜査研究所の所長』。
黒屍病患者を殲滅するためだけに、存在している男。
「『ミヤタ アマネ』さん。私は、最初から貴女を殺すためだけに――」
赤く頬を染めた彼女が、夢見るように微笑む。
「『美馬隆二』に雇われた――、貴女専用の殺し屋です」
取引をしたのだ。
烏水美禮は美馬隆二とある条件をもとに、取引をした。
――先生っ。どうか……、どうか……、私の中から『私』を殺してくださいっ……。
必死な形相で私がその黒い背に縋りついた時、一体、彼は裏でどんな顔をしていたのだろうか?
無表情だったろうか、憐れみのこもった目をしたのだろうか、呆れ果てていたのだろうか。
……それとも、口を歪めて嗤った……のだろうか。
彼が振り返ったその時の表情すら、今となってはどうにも思い出すことが出来ない。
ただ、彼が優しく私の頬に手を伸ばしてきたのを覚えている。その手がゆっくりと私の唇のフチをなぞっていったのを知っている。
「――いいだろう」
繊細な甘さの残る目元。
彼はそれを一層甘く蕩けさせて、私を眺めてから耳元で囁く。
「俺のお願いをキミが上手にできるのなら――、俺が手伝ってやろう」
――キミの中にある邪魔な人格は全て、綺麗さっぱり俺が消してやろう。
そうだ。
たしかに、先生は、そう美禮に約束してくれたのだった。
けれど、
そう先生と約束した『美禮』とは、果たしてどの『ミノリ』だったのだろうか?




