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美馬精神病学科のオンラインクリニック  作者: 端山 冷
第二消霊 『イマジナリーフレンド』
53/62

仮面の下

 ――ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ


 ――バタ バタ バタ バタ


 宮田の眼前にいた男たちの内、四名がまず崩れる。それぞれ右肩、左肩、膝、首と、死なない程度の急所に狙いを定めて貫かれている。

 宮田は素早く弾丸代わりの五寸釘を装填しながら、目の前の開けた空間に向かって疾駆した。が、急に下から強い力で体を引っ張られ、数歩もせぬうちに床の上に跪くように手を突いていた。


「……っ!?」


「あ”……あ”っ……あ”……あばばはば…………」


 素早く後ろを振り返ると、血塗れの手が宮田の右足首を掴んでいた。先程、膝を撃ち抜かれて床に転がったはずの男が、仰向けの体勢のままで両腕をこちらへと伸ばしていた。未だ男の顔面に張り付いている仮面の下では、苦し気な呼吸音に混じって、確かに不気味な笑い声が混ざって聞こえる。


「ちっ!!」


 宮田は掴まれた足首とは反対の足を使って、男の顎の下を思いっきり蹴り上げる。靴底に仕込まれた鉄板入りの黒い革ブーツが男の顎骨を砕ききり、白色の仮面もろともに粉砕する。男はダラリとのびた舌を口端から放り出して、そのまま後方にある壁のほうまで吹っ飛んでいき、小さく痙攣したのち動きを止めた。 


「ぎひ……ひっ……ひ」


「ぐっひゃ……ひゃ……」


「あが、あがっ、あががっ」 


 気づけば完全に取り囲まれている。揃って口から不気味な笑い声を発する者たちは、ゆっくりした足取りで確実にこちらへの包囲網を狭めている。その中には、先程、至近距離から釘を撃ち込まれて倒れていた男たちの姿もあった。穴のあいた肩も、血が流れ続ける首筋にも彼らは全く頓着しない。


「あ~も~!! クソ気味が悪りィ……。ったく、ゾンビ映画かよっ!」


 宮田は悪態をつきながらも背後から伸びてきた手の持ち主に肘鉄を食らわせ、一旦後ろへと飛びさがる。


「さて、どうするかね……」


 そう呟きながら、宮田は周囲を見回した。


 もし、これが本当にZ級のゾンビ映画であるとするならば、その原因は何にあろうか? 誰かに噛まれた? 血液感染? もしや空気感染、……などと頭を悩ます必要などない。答えは明白だ。あの白い仮面……あれこそが、この馬鹿げたパンデミックの元であることは、まず間違いないだろう。


 問題はあの仮面がどれほどの力を持っているか、だ。

 ウスイミノリの『呪祝』が『白い仮面』にあることは判明した。『呪祝』にせよ、神捜研の者たちが使う『神能』にせよ、相手の精神に作用するという能力は初歩中の初歩、鉄板ともいえるだろう。これほどの人数を一斉に操るというのはなかなか興味深いところがあるが、このままデクだけを量産するのみならばさほど恐れる必要はない。


 懸念があるとすれば二つ。

 アレに操られた者は最終的にどうなるのか、という事と、本当にウスイミノリの能力がコレなのか? という事だけだ。


 これまで彼女が引き起こした事件を考えると、たしかに仮面で人を意のままに操るという能力ならば簡単に出来たということが多々ある。きっと、今ここにいる連中は誰一人として美禮が彼らにするだろうことに対して悲鳴をあげることはない。それどころか、率先して切り刻まれるお手伝い位はするのだろう。


 だが、宮田の本能の部分が告げている。これは何か、裏があるのだと。




 前方では相も変わらず愉快な仮面軍団の群れで埋まっており、奥にいるはずの美禮の姿は見えてこない。しかし、その狂ったような哄笑は今やフロア中を席巻している。


「うふふふっ、さあ。早く来て、アマネさん。もっと、もっと、もーっと楽しんでちょうだいっ!! 遊んでちょうだい!!」 


「ぬかせっ!」


 その声が聞こえてくる方角に向けて銃口を合わせる。そのまま弾が切れるまで連射をしたが、美禮の姿が見える前に仮面下僕たちが壁となって殺到する。このままでは埒が明かない。


「クソっ! やっぱ、邪魔な奴らを先に何とかしないと……っ!!」


 しかし何とかしようにも、まさにゾンビのように倒れても倒れても立ち上がってくる仮面の男たちに打つ手がない。


 ――いや、手はある。要はこの仮面が原因でしょう? だから、仮面さえ何とかすれば……


「いいんだろうがっ! こんボケがっっ!!」


 懐に手を入れ小ぶりなナイフを取り出す。片手に小銃、もう一方にナイフと近接格闘の構えを見せた宮田は、勢いよく床を蹴って前方に飛び込む。伸びてくる手の海を躱し、近くにいた一人の男の蟀谷を銃身で横から殴りつける。すかさずグラついたソイツの白い顔面に向かって勢いよくナイフを突き立てた。


 先程の蹴りから分かっていたことだが、石膏で造られたその仮面は見た目以上に薄っぺらい。簡単に亀裂が走り、脆くも仮面は縦から真っ二つに割れていた。


「!!」


 二つに割れた白い仮面が床の上に落ちていく。そして、その下にある素顔が露になった瞬間、その男の体は勢いよく横へと吹っ飛んでいた。


 宮田アマネの回し蹴り、それがさく裂していた。アマネは近くにいた男たち数人をなぎ倒すと、再び後ろに退いていた。


「……マジか」


 仮面の下にあったもの……。

 それはどう見ても生きているとは言いがたい、腐りかけた肉の塊だった。


「死体さえ、操るというの?」


 ――ならば、この女は『(カミ)』持ちの『呪祝』使いか……。


「ただの『(シン)』のほうかと思っていたんだけどね……。ほんっとに最近、ツイてないわね」


 もはや諦めの心地がして、アマネは誰ともなしにそう呟いていた。




 能力は、おおまかに分けて四つに区分されている。

 『(シン)』、『()』、『(タイ)』……、そして最後に『(カミ)』。


 どれが強いとかではない。ただの傾向として便宜上分けたものだが、取り分けこの最後の『神』だけは厄介だった。これは非常識な能力の中でも、特に理屈では説明できないほどに非現実的なものを指している。


 幽体となって存在する『イヌザクラ セリナ』。

 死体を操ることが出来る『ウスイ ミノリ』。

 ……そして、溺死事件の犯人であるはずの『ツシマ クニヒコ』。アイツも宮田の予想が正しければ、水を操るという規格外の能力の持ち主だろう。


 どれもこれも人間が持つには分不相応――『神』の御業の如き片鱗。


 ……やはり、どう考えてもおかしい。

 最近の能力者が揃いも揃ってこれほどまでにイカレテルのは、きっと何か裏がある。宮田の知らない内に既に事態は動き始めている。ならばその中心にいるのは何か、……ダレなのか?


(――『アイツラ』か)


 脳裏にある一場面が浮かび上がる。

 白い扉、白い部屋。診る者と病めるモノ。

 かつての記憶と酷似していたアレが、ああも不快に感じたのは第六感的な虫の報せであったのか。 


 だが、宮田は目の前の惨状にひっそり笑んだ。


「……いや、これはむしろラッキーだわ」


 あの二人のことは、今考えるべきことではない。取りあえず、この場ですべき事は目の前の『黒屍病患者』の無力化、または殲滅。そのための能力――『IF』――を宮田は持っている。


 しかし、そこには一つクリアすべき課題があった。


 捜査官には一つだけ、ある掟がある。

 最初にして最後の掟、それは――。


「出来る限り、『人』は殺すな……。だがアレらはもう死体だ」


 アマネは拳を握りしめる。

 黒革手袋の下――今まで葬ってきたヤツらの分だけその色を濃くしていった、呪わしき原罪が脈打つのを感じていた。

  

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