ミノリ VS アマネ
「ようこそ、ミヤタアマネさん。歓迎します。貴女が今夜の晩餐会に間に合って、私も嬉しい」
烏水美禮は両手を広げ、感嘆の息を吐く。
「ウスイミノリ……いいえ、『真夜中の殺人ピエロ』さん。茶番はお終い。ここで終わりにしましょう」
宮田浹は愛用の銃に弾を込め、狙いを定めた。
自分の眉間を狙う小銃。それを見ても美禮の顔に驚きはなかった。ただ、彼女はニッコリと笑った。
「今夜はすね肉のシチューです。昨日からしっかり時間をかけてコトコト煮込んだんですよ。きっとお気に召すと思います」
彼女たちの足元には、幾人かの男たちが倒れ伏している。ピクリとも動かないその顔は、全て白い仮面に覆われていた。
「人食い博士にでもなるつもり? そんなマズそうなもの、食わせないで欲しいわね」
「まさか……、誤解です。私は人肉など、今まで出したことなんてありませんし、食べるつもりもありません」
「なら、これは何なのよ」
宮田の足元に転がっていた、右手上腕筋を蹴り上げる。べシャリと血をまき散らして、上品なダイニングのカーペット上を真っ赤に汚した。
「それは家畜です。ただの『豚肉』ですわ」
右肩を切り裂かれた男の、低い呻き声が床の上から聞こえてくる。
「アマネさんはきっと、と殺場が初めてなのですね? 怖がることはありません。可哀想に思えるかもしれませんが、これもまた自然の摂理なのです」
鼻歌でも歌い出しそうなほどに浮かれている様子の美禮は、一番近くの床に倒れる男の頭を愛しげに撫でた。
「ハッ! 話にならない」
宮田は言うと同時に、引き金を引く。身の丈五寸の釘が、狙い過たずに眉間の間に突き刺さった。
「ガハッ……!!」
口から血を吐き、一瞬にして命を奪われた者の血液が、砕けた仮面の破片に飛び散る。
「……」
「うふふふ」
仮面の下にあったのは苦悶の表情。
美禮の前に一瞬で飛び出してきたのは、あの右肩を切断された男だった。
倒れた男の血が彼女に降りかかる。その美しい顔と黒髪を血で汚してもなお、美禮の顔には不気味な笑顔が残っていた。それはもはや、かつての彼女とは別の何か――否、別人格であることは明らかだった。
「うふふふふ。なあ~んだ、アマネさんってばそうだったんですね」
ユラリ、白い面が動く。
まるで、彼女を守るかのようにして宮田の眼前に立ち塞がったのは、今まで床にひれ伏していた男たちだった。家畜と呼ばれながらその身を切り刻まれたはずの彼ら。彼らは、受けた苦痛など忘れたとばかりにゆっくりと、しかし着実に宮田を取り囲み追い込んでゆく。そこにある目的はもちろん唯一つ、――邪魔者の排除だ。
彼らの女王は、目の前に広がったその光景にほくそ笑む。心の底から楽しくて楽しくて堪らない、そう爛々と輝やく瞳が物語る。そして彼女は、抑えきれない胸の高鳴りそのままに、天高くその手を突きあげ鈴のような……、いや、荘厳な鐘の音のような声で言った。
「言ってくだされば良かったのに!!! うふふふ……水臭いですわ。アマネさんってば、解体作業からやりたかったんですねっ!!」
彼女の哄笑に合わせて、一斉に彼らも笑いだす。
――ひゃあハアハアああっあああアアアア
――グひゃひゃっはああアアアひひっヒヒぐぅアア
――ひーーっひっひっひ、ひーーっ、ヒーーっ、ヒーーッ
地獄だ。
幾重にも重なる不協和音織りなすこのダイニングは、もはやこの世のモノとも思えぬおぞましき地獄と化している。
しかし、宮田アマネはその狂気に引きづられることはない。――いや違う。すでに影響を受けているのだ。油断なく数を数える冷静な彼女のその口許には、かつて慣れ親しんだ残虐さを好む『私たち』の姿の断片があった。
「いいですよーー!! 好きなだけ! 殺っちゃってくださいっ!! さあ、ミノリのお料理教室の開幕ですっ! うふ、うふふふふ、うふふふふフフフフフ……あははははははっ!!!!」
目を細めて舌なめずりした美禮が、長い黒髪を振り乱して狂ったように笑いだす。その白顔には、黒い線のように細い筋が幾筋か……うっすらと浮かび上がってきていた。
それを見た宮田は笑う。
黒い皮手袋に包まれた右手でソレを指さし、無慈悲な宣告を言祝ぐ。
「これよりレベル4『黒屍病患者』の消去を行います。――さっさと、キエロッ……!!」
血しぶきと鉄火の音が、地獄の晩餐会の開幕を告げた。




