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美馬精神病学科のオンラインクリニック  作者: 端山 冷
第二消霊 『イマジナリーフレンド』
35/62

死に至る黒

警察庁 特別独立局 『精神病学(せいしんびょうがく)捜査研究所(そうさけんきゅうじょ)』


 通称『神捜研(カンソウケン)』は、「犯罪心理、および精神病の観点から学問的に捜査・研究をする」ことを目的とした、警察庁のどの局にも属さぬたった一つの独立局だ。


 むろん、これは表向きの目的であって、真の目的はまた別にある。


 今回は、軽くその組織の概要について話しておこう。その組織設立過程にあったのは、現『神捜研』に所属する曲者ぞろいの捜査官たちに負けぬほどの複雑怪奇に折れ曲がったストーリーなので、心しておくように。


 



 最初の設立は50年前。


 1969年、昭和44年のことだった。人類が初めて月面着陸を果たしたとき、世界の極東の国では人知れず、ある計画が動き出していた。


 初代設立者の名前は『セオリ ワキュウ』。名前以外は何も伝わっていない、写真すら残されていない謎の人物だ。元公安警察出身らしい、それだけが今も誠しやかに囁かれている。


 だが、真偽のほどは不明である。何故なら、多大な労力と尋常ではない資金力によって創られたその新しい組織は、まったくもって大した成果もあげずにあっさりと10年後に解散され、そして後年起こった火災により、組織に関連する全ての資料、そして誰が所属していたかなどという一切の情報が失われたのだ。


 どのような事件を担当したのか、この組織のバッグに控えていたのは何者であったか――当然、全てが灰となった。


 こうして、煙のようにその痕跡は消え去った。

 これが、第一世代と呼ばれるものだ。


 どうだ、意外にあっけない話だろう? なんだ、拍子抜けという顔だな。

 まあな、だが、次はどうかな――。






 次に彼らが登場したのは、組織が解散してから20年後になる1999年。平成11年のことであった。


 時は世紀末、ノストラダムスの大予言などで賑わう世間の影で、実は堂々とした復活を遂げていた。



 折しも、日本経済が狂気狂乱したあのバブルが儚くも弾け散った後の世で、日本中には爆発的に増加した精神病患者があふれかえっていた。


 皆が一様に少なくはない虚無を抱え込み、我先にと争うように毎日高層ビルの屋上からは誰かが降ってくる、そんな時期である。また、精神疾患を抱えた人間による犯罪が多発、捕まえても無罪判決やはたまた減刑、などと人々の憎悪(ヘイト)を集め始めたのもこの時期だった。


 そんな時に再び、表舞台に甦ってきたのが『神捜研(カンソウケン)』だ。


 前代未聞の復活劇。

 人も規律(ルール)も全てが一新された、第二部開幕……と言ったところかな。   


 これまた裏で暗躍したのは、もうお馴染みの公安警察であり、噂によればあ(・)の(・)裏理事官『ゼロ』の肝いりによるものらしい。


 『ゼロ』とは、警視庁長官など表舞台で華々しく活躍するエリートとは真逆に、裏側で警察庁を操っている連中、通称『裏理事官』と呼ばれるエリート集団たちの中でも格別の存在である。


 悪の親玉……って言っちゃあダメか。一応は正義側だしな。

 ともかく、『ゼロ』の指揮下にはあの公安警察も含まれており、彼しか本当の正体を知らない『作業班』と呼ばれる者たちが、身分を隠して全国津々浦々、至る場所、至る組織に身を潜ませ彼の号令を待っている。


 『ゼロ』が蘇らせた『精神病学捜査研究所』は、基本『公安警察』と似た組織であった。『研究所』と銘は打っているが、実際のところ同じ研究所と名のつく『科学捜査研究所』とは違い、逮捕権・捜査権をも有す捜査官が刑事たちのような独自捜査をする――言っちゃなんだが、公安そのものだった。


 しかし、彼らが実際に捜査・逮捕をした対象は、一般の刑事や公安が取り扱うそ(・)れ(・)とはかけ離れていた。彼らは、その犯罪が精神病患者が起こしたと疑わしいものに限り捜査・捕縛をする権限を有する。


 そ(・)れ(・)も(・)、あ(・)る(・)特(・)定(・)の(・)精(・)神(・)疾(・)患(・)を(・)持(・)つ(・)患(・)者(・)だ(・)け(・)が(・)引(・)き(・)起(・)こ(・)す(・)事(・)件(・)に(・)限(・)り(・)……だ。



 その特定精神疾患こそが、『黒屍病(コクシビョウ)』。



 今、世界中に広まっている恐るべき病だ。

 ……聞いたことがない? まあ、そう言うな。


 これは致死率が高く、また、感(・)染(・)率(・)が(・)年(・)々(・)上(・)昇(・)す(・)る(・)という恐るべき毒性を持つ難病だ。要するに、二年間その病にかかっている患者が持つ周囲に対する感染力は、かかったばかりの患者の倍は強いという話だ。寝かせられて熟成するワインのようにコクが出る――いやはや、はた迷惑なことだ。


 そして、恐るべきはその病、罹患ればほ(・)ぼ(・)死ぬ。


 驚異の致死率100%。だが、死ぬのは病にかかった患者ではない。患者が狙う、その被害者たちが死ぬのだ。


 つまり、黒屍病は被害者であり加害者になり得る存在。患者=殺人鬼というシンプルな図式の出来上がり。しかもその当時には特効薬も治療法すらもない。ならば、どうするか。彼らはいるだけで周囲に仲間を作る。そして、次の感染者が人を殺していく。



 さあ、どうするか。

 刑務所に入れるか? まさか!!

 そりゃあ、一番やっちゃいけないことだぜ!



 そんなことをすれば、この世は地獄になる。刑務所中の人間があっという間に感染者となり、まわりの人間はほぼ確実に殺される。まわりの人間、看守が死ねばどうなるかはすぐに分かるだろう。


 刑務所には、一番入れてはいけないのだ。ならば隔離するしかない。

 だが、どこに。それはいつまで?






 そんなお悩みを全て解決したのが、当時の『神捜研』局長である。彼は至極単純な結論へと至った。


 そう、『皆(・)殺(・)し(・)』だ。


 彼らは、いともたやすく全てを殺した。殺して殺して、殺しまくった。あとの始末は『ゼロ』と公安に任せればいい。……そう思ったのかは知らないが、とにかく黒屍病の人間、彼らの家族、彼らが殺した被害者の家族、病院の人間、担当した刑事、などなど全ての感染源を断ち切った。物理的に。


 そ(・)し(・)て(・)遂(・)に(・)は(・)、(・)ゼ(・)ロ(・)に(・)至(・)っ(・)た(・)ら(・)し(・)い(・)。


 かくて、彼らは任務を完遂してこの病を世から撲滅した。その過程で、『神捜研』に所属する捜査官たちは互いに殺し合い、そして皆で仲良くこの世を去った。最後に生き残った一人は、自分で自分の蟀谷を撃って死んだんだとよ。


 これが、凄絶な第二世代の幕引きの物語だ。

 彼らは自他の命と引き換えにして平和を守った。


 この組織を創った人間が、もしこの結末を最初から狙っていたのならば、それはそいつこそが『黒屍病』に負けない本物の悪魔というやつだろう。



 そして、現代。


 それは5年前の2014年春の出来事だ。俄かに、あの黒屍病が復活しているという情報が飛び交った時期の事、『美馬(ミマ) 隆二(リュウジ)』が、5歳年下の当時23歳の若さだった『宮田(ミヤタ) 浹(アマネ)』という人間を引き連れて警視庁に乗り込んできたことが発端だった。これが第三世代となる『新生 神捜研』が誕生した瞬間だった。





「先輩……。第二世代の方たち、凄すぎませんか?」


「まあな。なかなか根性ある奴ら、やったんやろな」


「いや、根性って言うか……。おかしいですよ、病人を殺しまくって仲間と最後は自決って!!」


 後輩の情けない顔にオレは思わず笑ってしまう。自分よりも体の大きな相手をみてしまった犬っコロみたいな、かなり情けのない表情だ。しかし、どこか愛嬌がある。

 厳つい刑事課の奴らにも可愛がられているみたいだし、意外とコイツは人たらしの能力があるんじゃないか。と、先輩の男はちょっぴり、今のところお荷物だった後輩を見直した。


「ちょっと、笑い事じゃありませんよ!! やっぱり、俺ここでやって行く自信がないっていうか……。ちょっと、辞表書く練習しといたほうがいいかなあ、なんて……」 


「辞表の書き方なんて練習いらへんやろ。そんなん、美馬(ボス)の顔見て『死ね』って言えばええねん」


 ……人生も一緒にア(・)ガ(・)リ(・)を決めてしまうかもしれへんが。心の中で呟く。

 その答えがお気に召さなかった後輩が、やかましくキャンキャンと吠えたてる。


「それが出来ないから、そっと手渡しで済ますんです!!」


「おっ、辞表に筆で『死ね』っか。なかなかお前、ロックやないか」


 感心した声を出すと、少年のような顔つきの青年は車のボンネットをドンドンと叩き、増して興奮して言う。


「違います!! 普通に『死にたくないので、辞めます』って書くだけです」


 普通、会社で渡すのにそんな文面は書かないだろうなあ、男は煙草をふかしながらカラカラと笑った。


 今日も真っ青ないい天気だ。こんな天気のときは何故だろうか、あの人を思い出す。


「そんなんよりも、普通に遺書書く練習した方がよっぽどエエよ。最後に書く言葉がえらい臭い言葉やら自分に酔った言葉やったら、恥ずくて死んでも死にきれへん。今の内から何回も書いとけば、そやな~、10回目くらいにはいい感じになるんやで」


「遺書とか書きたくねえ、嫌だ~~~~!! やっぱ、辞める~~~~!!」


 無理無理、っと嫌がる新人の首根っこをひっ掴み、血の海が広がるだろう次の現場へと向かうため車に乗り込む。


 どんなに嫌がってもそっちこそ無理やから、はよ諦めたらええんのに――。と、男は口には出さず、胸の中で呟く。


 なんせ、コイツはあの男の特別だ。


 あの男が自ら連れて来た、二番目の人間なのだ。それこそ、逃げようと思ったらあの世に行くしかないかも知れへんな。


「なあ、姐さん?」


 ふんわりした春風が、男の頬を幽かにくすぐっていった。

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