第93話 完全制御型魔核融合体
特別資料室。
机の上には、魔王因子の設計図が何枚も広げられていた。
ホルトンは設計図を見つめながら静かに口を開く。
「魔王因子を例えるなら――」
「手のひらほどの大きさへ圧縮された、極めて危険な剝き出しの太陽だ」
「莫大な力を持ちながら、その力を必要な量だけ安全に取り出す術がない」
「だから暴走する」
ブッシャーは静かに頷いた。
「なら」
「制御する」
その一言とともに、設計図へ書き込みを始める。
「停止機構」
さらさら。
「循環制御機構」
さらさら。
「出力制御」
さらさら。
「安全弁」
さらさら。
「緊急停止術式」
さらさら。
設計図は次々と書き換えられていく。
フランソワはその様子を眺めながら笑った。
「ほとんど別物になってるね」
ブッシャーは頷く。
「欠陥」
「全部潰す」
「暴走しない」
「永久機関を作る」
ホルトンは腕を組み、静かに二人を見守っていた。
しばらくして。
ブッシャーの手が止まる。
「……でも」
「根本的な問題」
フランソワが首を傾げる。
「何?」
「妖精誘導法」
「魔粒子が見えない」
資料室が静まり返る。
ブッシャーは先ほどホルトンから聞いた説明を思い返す。
『ニコラスは精霊眼を持っていた』
『妖精誘導法は、魔力を介さず、魔粒子そのものを直接導く古代魔法』
つまり。
魔粒子が見えなければ再現できない。
ブッシャーは静かに呟いた。
「精霊眼がない」
「だから無理」
沈黙。
その空気を破ったのはフランソワだった。
「見えないなら」
一同が振り向く。
フランソワは不思議そうに言う。
「計算すればいいじゃん」
資料室が静まり返る。
ホルトンが目を見開いた。
「……何?」
フランソワは当然のように続ける。
「本物があるんだから」
「魔王城に」
「魔王因子って、今も動いてるんでしょ?」
「だったら簡単じゃない?」
「魔素の放出量」
「魔粒子の吸引量」
「循環速度」
「影響範囲」
「性質」
「全部観測できるよね?」
ブッシャーが目を見開く。
「……確かに」
フランソワは笑う。
「新しい物を一から作るのは大変だけど」
「元になる完成品があるなら」
「計算するだけだよ」
「魔粒子が見えるなら観測できる」
「見えないなら」
「数式で導き出せばいい」
「流れも」
「密度も」
「衝突も」
「全部計算すればいいじゃん」
ブッシャーは息を呑んだ。
「……なるほど」
「観測じゃない」
「予測」
「実測値から逆算」
フランソワは満足そうに頷く。
「うん」
「未来の位置が分かれば」
「見えなくても誘導できる」
ホルトンは言葉を失った。
魔粒子を見ることで操る。
それが妖精誘導法だった。
しかし。
二人が辿り着いたのは、まったく別の答え。
本物の魔王因子を観測し。
得られた実測値を数式へ落とし込み。
理論だけで妖精誘導法を再現する。
史上最高の天才と呼ばれたニコラスでさえ。
思い至らなかった発想だった。
◇
数週間後。
研究室。
机の中央には、小さな魔導機関が置かれていた。
ホルトンはゆっくりと息を呑む。
「これが……」
ブッシャーは静かに告げる。
「完全制御型」
「魔核融合体」
起動。
淡い光が灯る。
魔粒子が安定して循環する。
暴走しない。
出力は一定。
停止術式は正常。
安全弁も作動。
永久循環は維持されたまま。
理論通りだった。
ホルトンは震える声で呟く。
「まさか……」
「本当に」
「太陽を制御してしまったのか……」
二人が卒業論文として提出したのは――
『完全制御型魔核融合体理論』。
それは、手のひらほどの大きさへ圧縮された太陽を完全に封じ込め、必要な量のエネルギーだけを安全に取り出す理論だった。
ホルトンは二人を見つめ、静かに呟く。
「学生二人が……」
「魔王を超えた」
その日。
史上最強の魔王が到達できなかった理論へ。
二人の学生は、初めて手を届かせたのだった。




