第7話 不死の魔王
魔王城最深部。
巨大な玉座の間。
天井まで届く黒い柱。
床一面へ刻まれた巨大な魔法陣。
無数の魔素が渦を巻き、玉座へ流れ込んでいた。
その中心。
一人の男が静かに腰掛けている。
漆黒のローブ。
長い金髪。
黄金色の瞳。
彼こそが――
魔王ニコラス。
討伐隊が足を止める。
しかし、ニコラスは立ち上がろうともしなかった。
怒りもない。
敵意もない。
ただ穏やかな表情で五人を見つめている。
静寂が流れた。
やがてニコラスが口を開く。
「なぜ、私を殺そうとする」
誰も答えない。
ニコラスは続けた。
「私は誰の国も奪ってはいない」
「軍勢を率いて侵略したこともない」
「人々へ服従を求めたこともない」
その声は穏やかだった。
まるで学会で研究を語る研究者のように。
「私は、この城で研究を続けていただけだ」
クロエが一歩前へ出る。
「確かに、おぬしは戦争をしておらぬ」
「じゃが、それは何もしていないという意味ではない」
ニコラスは黙って聞いている。
クロエは城全体を見渡した。
「第二の魔素循環」
「魔物」
「ダンジョン」
「魔素汚染」
「すべて、おぬしが生き続けた結果じゃ」
静かな声だった。
責め立てる口調ではない。
ただ、事実を告げている。
「おぬしは存在しているだけで、世界中の命を奪っておる」
その言葉に。
ニコラスは小さく目を伏せた。
「知っている」
短い返事だった。
「だが、それが何だ」
五人の空気が変わる。
ニコラスはゆっくり立ち上がった。
「私は死にたくない」
その言葉だけは、迷いがなかった。
「なぜ、人は死ぬ」
「どこから生まれ」
「死ねばどこへ行く」
「誰にも分からない」
黄金の瞳が静かに揺れる。
「何も分からないまま消える」
「そんな恐怖に……」
「私は耐えられなかった」
その声に嘘はない。
彼は本当に恐れていた。
権力ではない。
支配でもない。
ただ。
死だけを。
「誰もが生きることを望む」
「家族も」
「友も」
「恋人も」
「皆、生きたいと願う」
「ならば」
「私だけが、その願いを叶えてはならない理由は何だ」
誰も答えられない。
ニコラスは静かに笑う。
「私が生きたいと思うことは、罪なのか」
重い沈黙が落ちた。
ミュゲは静かに杖を握る。
「……罪ではありません」
ニコラスが視線を向ける。
「生きたいと思うことは、誰だって同じです」
「私も」
「この人たちも」
「世界中の人々も」
ミュゲは悲しそうに目を伏せた。
「だからこそ」
「あなたは止めなければなりません」
「あなたが生き続ければ」
「世界中の誰かが、死に続けます」
ニコラスは黙った。
サンセリテも静かに続ける。
「あなた一人の命と」
「世界中の命」
「私たちは、そのどちらかを選ばなければならない」
ニコラスは小さく笑った。
「結局、多数決か」
「少数を切り捨てるだけだ」
クロエは首を横へ振る。
「違う」
「わしらは、おぬしが憎いから来たのではない」
「世界を救うためじゃ」
「……そして」
「おぬしも、本当は分かっておる」
ニコラスは何も答えない。
長い沈黙。
やがて彼は静かに息を吐いた。
「そうか」
「ならば」
「証明してみせろ」
その瞬間。
魔王因子が脈打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
黒い魔素が渦を巻き、玉座の間を埋め尽くす。
魔王城全体が震え始めた。
莫大な魔力がニコラスの身体から溢れ出す。
傷一つない肉体。
永遠に尽きることのない魔力。
そして。
滅ぶことのない再生能力。
「私は」
「死を否定した」
黄金の瞳が五人を見据える。
「さあ」
「人が不死に勝てるというのなら」
「証明してみろ」
玉座の間を揺るがすほどの魔力が噴き上がる。
世界最初にして最後の魔王。
不死の研究者。
ニコラス。
世界の命運を懸けた戦いが、ついに始まった。




