表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/161

第6話 魔王城

 長い旅の果てに。


 討伐隊は、ついに魔王城へ辿り着いた。


 ナルシス王国とアウローラ魔導国の国境付近。


 かつては緑豊かな大地が広がっていたはずの場所には、黒く変色した荒野がどこまでも続いている。


 草木は異様な形へねじ曲がり。


 大地には巨大な亀裂が走り。


 空には、黒い霧のようなものが渦巻いていた。


 それは雲ではない。


 あまりにも濃密な魔素だった。


 通常、魔素を肉眼で捉えることはできない。


 しかし魔王城の周囲では、膨大な魔素が集まりすぎたことで、空間そのものが歪んで見えるほどだった。


 城へ近付くにつれ、身体が重くなる。


 呼吸をするたび、濃密な魔素が肺へ流れ込んでくる。


 頭痛。


 吐き気。


 全身を刺すような痛み。


 体内へ取り込まれた魔素を、魔力回路が処理しきれなくなっているのだ。


 このまま進めば、討伐隊でさえ魔素中毒を起こす。


 一般人であれば、城門へ辿り着く前に意識を失っていただろう。


 ミュゲは長杖を地面へ突き立てた。


「皆さん、私から離れないでください」


 光が足元から広がる。


 無数の光の線が地面を走り、五人を包み込む巨大な結界を形成した。


「聖光結界」


 淡い光が一行を覆う。


 結界へ触れた魔素は四属性の魔粒子へ分解され、穏やかな光となって周囲へ散っていった。


 身体を押し潰していた圧迫感が、わずかに遠のく。


 だが、ミュゲの表情は険しい。


「完全には防ぎきれません」


「これほどの魔素濃度は、私も初めてです」


 聖光結界を維持するだけでも、莫大な魔力を消耗する。


 長く留まることはできない。


 五人は足を止めることなく、魔王城の門をくぐった。


 城内には、物音一つなかった。


 兵士もいない。


 魔物の姿すら見当たらない。


 ただ広大な廊下と、果ての見えない闇だけが続いている。


 壁には無数の紋様が刻まれていた。


 床にも。


 柱にも。


 天井にも。


 装飾に見えるほど複雑な線が、城の隅々まで途切れることなく張り巡らされている。


 クロエは歩みを止め、壁へ顔を近付けた。


「これは……」


 指先で刻印をなぞる。


 紋様の内部を、微かな魔力が流れていた。


「装飾ではない」


 クロエは腰の道具袋から測定器を取り出し、壁へ押し当てる。


 針が激しく振れた。


「魔法式じゃ」


「しかも、一つや二つではない」


 彼女は視線を上げる。


 壁から柱へ。


 柱から天井へ。


 天井から城の奥へ。


 無数の術式が複雑に接続され、巨大な一つの流れを形作っていた。


 クロエは急いで廊下を進む。


 広間。


 塔。


 階段。


 地下へ続く通路。


 どこを調べても、同じ術式が刻まれている。


 やがて彼女は、吹き抜けとなった大広間の中央で立ち止まった。


「そういうことか……」


「何が分かった?」


 仲間の問いに、クロエはゆっくりと城内を見回す。


「この城は、魔王因子を守るために建てられたのではない」


「魔王城そのものが、一つの巨大な魔法陣なのじゃ」


 城壁は、外部の魔粒子を引き寄せる。


 塔は、空中の魔素を集める。


 地下通路は、大地を流れる魔素を汲み上げる。


 柱や床に刻まれた術式は、それらを城の中心へ送り込む。


 すべてが魔王因子へ魔粒子を供給するために設計されていた。


 城ではない。


 巨大な魔導装置。


 魔王城とは、魔王因子の力を大陸全土へ広げるための増幅器だった。


 サンセリテは静かに目を閉じた。


 精霊眼を通して、城内を流れる魔粒子を観察する。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四属性の魔粒子が無数の奔流となり、城の中心へ吸い込まれている。


 しかし流れは、城の内部だけで完結していなかった。


 地下から大地へ。


 城壁から大気へ。


 遠く離れた森や海にまで、魔粒子の流れが繋がっている。


 サンセリテは息を呑んだ。


「魔王因子は、既に世界の魔素循環へ組み込まれています」


 全員の視線が彼女へ集まる。


「どういうことですか?」


「魔王因子は千年近く、世界中から魔粒子を集め続けてきました」


「今では世界の魔素が、魔王因子の存在を前提として流れています」


 本来ならば地核を中心に巡るはずだった魔素。


 その一部は、長い年月をかけて魔王因子へ向かう流れへと変えられていた。


 魔王因子は、もはや異物ではない。


 歪んだまま、世界を支える循環の一部となっている。


 サンセリテは険しい表情で続ける。


「これを突然破壊すれば、魔王因子へ流れ込んでいた膨大な魔素が行き場を失います」


「流れを失った魔素が、どこへ向かうか分かりません」


 大地へ逆流するかもしれない。


 都市へ流れ込むかもしれない。


 各地の魔素濃度が急激に上昇し、新たな魔素災害を引き起こす可能性もある。


 魔王因子を破壊すれば、世界は救われる。


 その考えは、あまりにも単純だった。


「では、壊さない方がいいのですか?」


 ミュゲの問いに、サンセリテは首を横へ振る。


「いいえ」


「このまま放置すれば、第二の魔素循環はさらに拡大します」


「やがて世界中の魔素が魔王因子へ引き寄せられ、すべての土地が魔王領と同じ状態になるでしょう」


 壊しても、災害が起こる。


 壊さなくても、世界はいずれ滅びる。


 沈黙が広がった。


 聖光結界の外側では、黒い魔素が激しく渦巻いている。


 長く考えている時間はない。


 ミュゲは長杖を強く握った。


「それでも、進みましょう」


「ここで引き返せば、何も変わりません」


 クロエが小さく笑う。


「最初から、安全な道などなかったからのう」


 サンセリテも静かに頷いた。


「破壊した後に起こることは、私たちが可能な限り抑えます」


「ですが、まずは魔王因子を止めなければなりません」


 五人の意志は決まった。


 魔王因子の破壊。


 それによって何が起こるのか。


 誰にも分からない。


 それでも。


 世界を救うためには、進むしかなかった。


 その時。


 城の最深部から、低い振動が響いた。


 ドクン。


 まるで巨大な心臓が脈打つように。


 壁に刻まれた魔法式が、一斉に黒い光を放つ。


 城全体を流れる魔粒子が急激に加速した。


 彼らの侵入を察知したかのように。


 魔王城が、静かに目を覚ます。


 五人は武器を構えた。


 その先にいるのは。


 千年の時を生き続ける、不死の魔王。


 ニコラスだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ