第5話 第二の魔素循環
不死となったニコラスは。
魔王領の中心へ。
巨大な城を築いた。
後に。
人々から魔王城と呼ばれるその城は。
ナルシス王国と。
アウローラ魔導国の国境付近に。
静かに建てられた。
彼は。
世界征服を望まなかった。
他国へ侵攻することもない。
人々へ服従を求めることもない。
ただ。
城へ籠もり。
永遠に続く研究へ没頭していた。
だが。
彼が何もしなくても。
世界は。
ゆっくりと壊れ始める。
◇
本来。
世界の魔素は。
星の地核を起点として循環している。
地核から放出された莫大な魔素は。
星の自転による影響を受け。
大地を巡り。
海洋を巡り。
大気を巡る。
そして。
植物や動物。
人間をはじめとする。
あらゆる生命へ取り込まれる。
生物の体内へ入った魔素は。
魔力回路によって。
その生命固有の魔力へ変換される。
魔法として使用された魔力は。
やがて再び魔素へ還元され。
自然界へ戻っていく。
魔素には。
互いに引き合う性質がある。
だが。
地核から放出された魔素は。
星の自転によって。
常に流動し続けている。
そのため。
一か所へ集まっても。
その場へ留まり続けることはない。
周囲の魔素を流れへ取り込みながら。
世界を巡り。
長い年月をかけて。
再び地核へ帰っていく。
地核から放たれ。
世界を巡り。
地核へ戻る。
世界そのものが。
一つの巨大な循環機構だった。
しかし。
魔王因子は。
その流れへ割って入った。
妖精誘導法によって。
周囲の魔粒子を。
絶え間なく引き寄せる。
集めた異なる属性の魔粒子を。
闇魔法によって強制的に融合させ。
新たな魔素を生み出す。
そして。
生成された魔素を。
再び周囲へ放出する。
放出された魔素は。
自然界の中で。
再び四属性の魔粒子へ分かれていく。
だが。
それらの魔粒子は。
妖精誘導法によって。
再び魔王因子へ引き寄せられる。
魔粒子を集める。
融合させる。
魔素を作る。
周囲へ放出する。
放出した魔素を。
再び魔粒子として回収する。
その循環が。
昼も夜も。
止まることなく繰り返される。
こうして。
世界には。
本来の地核を起点とする魔素循環とは別に。
魔王因子を起点とする。
人工的な第二の魔素循環が誕生した。
その影響は。
誰にも止められなかった。
本来。
世界中の魔素は。
地核を起点とする大きな流れに乗り。
星を巡るはずだった。
しかし。
魔王因子は。
その途中に存在する魔粒子を。
強制的に奪い取る。
さらに。
新たに作り出した魔素を。
周囲へ放出し続ける。
その結果。
魔王因子の周辺では。
魔素濃度が。
異常なほど上昇していった。
魔素同士が引き合う性質によって。
さらに周囲の魔素が流れ込む。
だが。
本来の循環へ戻るより早く。
魔王因子が。
再び魔粒子を回収する。
本来は地核へ帰るはずだった魔素が。
魔王因子の周囲だけを。
何度も巡り始める。
世界の魔素循環は。
少しずつ歪んでいった。
◇
魔素の流れは乱れ。
川は濁り。
大地は侵される。
森は。
異常な速度で成長し。
巨大な樹木が空を覆った。
花は。
季節を無視して咲き乱れ。
草木は。
魔素を蓄え続ける。
やがて。
その変化は。
生き物にも及んだ。
過剰な魔素を浴び続けた動物たちは。
肉体を変質させ。
理性を失っていく。
狼は。
巨大な牙を持つ魔獣となり。
豚は。
怪力を持つオークへ。
霊長類は。
ゴブリンやオーガへと姿を変えた。
人々は。
その異形の生命を。
魔物と呼んだ。
さらに。
高濃度の魔素が。
長い年月をかけて蓄積した土地では。
周囲の地形や生態系までもが。
魔法的に変質し始める。
岩肌には。
魔鉱石が生まれ。
魔石が結晶化する。
高濃度の魔素へ引き寄せられ。
魔物が集まる。
やがて。
土地そのものが。
巨大な迷宮へと変わっていった。
後に。
ダンジョンと呼ばれる場所の誕生だった。
一方。
人間も例外ではない。
過剰な魔素を。
短時間に取り込み続けた者は。
体内の魔力回路が。
処理しきれなくなる。
魔力へ変換されなかった魔素は。
魔力回路の内部へ残留する。
残留した魔素同士は。
互いに引き合い。
次第に大きな塊となる。
やがて。
魔力回路の内壁へ沈着し。
正常な魔素の流れを塞いでいく。
流れが滞れば。
新たに取り込まれた魔素も。
その場所へ集まる。
魔素が魔素を引き寄せ。
閉塞が。
さらに閉塞を生む。
発熱。
倦怠感。
魔力回路の激痛。
魔法を使用した際の。
全身を引き裂くような苦痛。
そして。
やがて命を奪う病。
後世。
人々はそれを。
魔素汚染と呼ぶことになる。
ニコラスは。
自らの手で。
誰かを殺したわけではない。
戦争も起こしていない。
都市を焼き払うこともなかった。
それでも。
彼が生き続ける限り。
魔王因子は。
世界中の魔素を引き寄せ。
本来の循環を歪め続ける。
その存在そのものが。
世界最大の災厄だった。
静まり返った魔王城。
書物へ目を落とすニコラスは。
今日も研究を続けている。
その背後で。
誰にも気付かれぬまま。
世界は。
ゆっくりと。
滅びへの道を歩み始めていた。




