第4話 魔王因子
幾度もの失敗。
幾人もの犠牲。
数え切れない実験の果てに。
ニコラスは、一つの答えへ辿り着いた。
机の上に置かれた小さな黒い結晶。
それは宝石のように静かな輝きを放ちながら、周囲の魔粒子を絶えず引き寄せていた。
ニコラスは静かに呟く。
「完成した……」
その名は――
魔核融合体。
後に、人々から魔王因子と呼ばれる究極の魔導機関だった。
魔王因子は、妖精誘導法を極限まで発展させた存在だった。
妖精が魔粒子を自然に導くように。
魔王因子もまた、周囲の魔粒子を際限なく引き寄せる。
しかし、その目的は妖精とはまったく異なる。
妖精は世界の循環へ寄り添う。
魔王因子は、世界の循環そのものを己のために利用する。
引き寄せられた火、水、風、土。
四属性の魔粒子は内部へ取り込まれる。
そして。
闇魔法によって、強制的に融合される。
本来、異なる属性の魔粒子は、ゆるやかに結び付きながら魔素へ還っていく。
それは世界を循環する、ごく自然な営みだった。
しかし、闇魔法はその循環へ強制的に介入する。
魔粒子を術式の中へ閉じ込め、一気に融合させることで、魔素へ還る瞬間に生じる莫大な融合エネルギーを取り出した。
ニコラスは静かに頷く。
「成功だ」
融合エネルギーは、新たな魔素を生み出す。
生み出された魔素は周囲へ放出され、やがて世界の循環の中で再び魔粒子へと分解される。
魔王因子は、その魔粒子を再び引き寄せる。
誘引。
融合。
魔素の放出。
そして、再び誘引。
その循環は永遠に繰り返される。
周囲に魔粒子が存在する限り。
魔王因子は半永久的に魔素を生み出し続ける。
それは世界で初めて誕生した、人工の魔素循環だった。
ニコラスは魔王因子を見つめる。
「これなら……」
「死なない」
彼は迷わなかった。
研究室の中央へ歩み、自ら魔法陣を展開する。
術式が淡く輝く。
胸元へ手を当てる。
ゆっくりと魔王因子を持ち上げた。
「人は、必ず死ぬ」
「ならば、人ではなくなればいい」
その言葉とともに。
魔王因子を、自らの胸へ埋め込んだ。
激痛。
胸骨が軋み。
肉が裂ける。
魔法陣が眩く輝いた。
魔王因子は心臓へ到達する。
そして。
次の瞬間。
ニコラスの心臓は停止した。
鼓動が消える。
呼吸が止まる。
体温が失われていく。
血液は流れを止め。
身体は急速に冷たくなった。
研究室には静寂だけが流れる。
数秒。
数十秒。
やがて、一分が過ぎた。
誰が見ても、完全な死だった。
しかし。
魔王因子が起動する。
妖精誘導法が周囲の魔粒子を吸い寄せる。
火。
水。
風。
土。
世界中から集まった魔粒子が、因子の内部へ流れ込んだ。
闇魔法。
魔粒子融合。
融合エネルギー。
新たな魔素。
人工の魔素循環が始まる。
火の力が、失われた体温を保つ。
風の力が、肺へ空気を送り込み、呼吸を維持する。
水と土の力が、傷付き、朽ちていく肉体を絶えず修復する。
そして。
魔王因子は停止した心臓へ絶え間なく魔力を送り込み、その拍動を強制的に再現した。
血液は再び全身を巡り始める。
だが、それは生命が生み出した鼓動ではない。
魔法によって無理やり動かされ続ける、偽りの鼓動だった。
ニコラスの指先が微かに動く。
閉じられていた瞼が、ゆっくりと開いた。
その瞳には、生者の温もりは残っていない。
あるのは、冷たい黄金色の輝きだけだった。
ニコラスは静かに立ち上がる。
胸へ手を当てる。
確かに鼓動はある。
だが、それは命が刻む鼓動ではない。
魔王因子が永遠に動かし続ける鼓動だった。
呼吸を止めても苦しくない。
傷口は見る間に塞がっていく。
老いも感じない。
「成功した……」
小さく呟く。
「私は、死なない」
ついに。
ニコラスは不死を手に入れた。
しかし、その肉体はもはや生者のものではなかった。
火の魔法が体温を保ち。
風の魔法が呼吸を維持し。
水と土の魔法が朽ちゆく肉体を修復し続ける。
そして、魔王因子が止まった心臓を永遠に動かし続ける。
彼を生かしているのは生命ではない。
四属性の魔法と、魔王因子が生み出す人工の魔素循環だった。
それは生命でもない。
死でもない。
魔法によって無理やり生かされ続ける存在。
――不死の死体。
そして、この瞬間。
黄金時代を支えてきた妖精誘導法は、一人の人間の執念によって世界を滅ぼす力へと変貌した。
後に世界が「魔王」と恐れる災厄は、この日、この研究室で静かに産声を上げた。




