第8話 五人の英雄
アーサーが真っ先に駆けた。
床を蹴る音と同時に、その姿が掻き消える。
「はあああああっ!」
白銀の聖剣が閃く。
アルベール流五段。
ローズフィールド王国騎士団正式剣術・アルベール流を極めた、現代最強の聖騎士。
さらに高位光魔法を刀身へ纏わせた光の魔法剣が、ニコラスの胸を深々と斬り裂いた。
黒い魔力が四散する。
しかし――。
裂けた肉体へ四属性の魔粒子が集まり始める。
火が熱を生み。
風が循環を司り。
水と土が肉体を修復する。
裂けた胸は瞬く間に塞がり、失われた腕さえ元通りとなった。
「馬鹿な……!」
アーサーが息を呑む。
続いてアデラーンが前へ出た。
呼吸を整える。
身体を整える。
意識を整える。
魔素を直接、自らの魔力へ変換する。
「暗黒」
漆黒の魔力が全身を巡り、肉体を極限まで活性化させる。
さらに、その力を刀身へ集束した。
「暗黒剣」
派手な剣技ではない。
魔剣流基本五型。
一の剣――崩剣。
最小限の踏み込み。
最短距離の斬撃。
その刃が断つのは肉体ではない。
体内を巡る魔力回路。
一閃。
ニコラスの魔力が、一瞬で途絶えた。
その巨体が僅かによろめく。
だが。
胸の奥で魔王因子が脈打つ。
ドクン。
黒い魔素が噴き出し、断ち切られた魔力回路が枝を伸ばすように再形成されていく。
数秒後には、魔力の流れは完全に復元されていた。
「……回路そのものを作り直しているのか」
アデラーンが低く呟く。
今度はミュゲが前へ出る。
両手を組み、静かに祈りを捧げた。
「聖光よ」
世界を包み込むような眩い光が、ニコラスを呑み込む。
光魔法。
対象を構成する魔素そのものを、四属性の魔粒子へ完全分解する究極の術式。
皮膚。
血液。
筋肉。
骨。
肉体は光へ溶けるように崩壊し、その姿は完全に消滅した。
誰もが勝利を確信する。
しかし。
床に刻まれた巨大な魔法陣が黒く輝いた。
魔王城全体が低く唸る。
塔。
地下通路。
柱。
城壁。
城全体から膨大な魔粒子が玉座の前へ集束した。
火。
水。
風。
土。
四属性の魔粒子が強制的に融合し、新たな魔素を生み出す。
そして――。
肉体が再構築される。
数秒後。
ニコラスは再び五人の前へ立っていた。
「……見事だ」
「だが、それでは私を殺せない」
サンセリテが精霊眼を開く。
世界そのものを見る瞳。
彼女は古代魔術を展開した。
「止まりなさい」
幾重にも重なる魔法陣が展開され、魔王城を流れる魔粒子へ干渉する。
魔王因子へ流れ込む供給が急激に減少した。
だが。
城全体が再び低く唸る。
塔。
地下通路。
柱。
城壁。
巨大な魔法陣が一斉に起動し、新たな供給経路を形成した。
一本止めても。
十本流れ込む。
百本断っても。
千本が補う。
城全体が、一つの巨大な循環装置だった。
「止め切れません……!」
サンセリテの額を汗が伝う。
斬っても再生する。
回路を断っても作り直される。
魔素を分解しても、新たな魔素が生み出される。
供給を止めても、別の経路が補う。
魔王因子は、あらゆる攻撃へ即座に適応していた。
その間も。
クロエだけは戦っていなかった。
いや。
誰よりも戦っていた。
視線はニコラスではない。
その胸で脈打つ魔王因子だけを見つめている。
流れる魔粒子。
魔法陣。
再生速度。
魔力回路。
融合。
分解。
四人の攻撃に対し、魔王因子がどのように反応するのか。
そのすべてを頭の中で組み立てていく。
「……そういうことか」
クロエが静かに呟く。
全員の視線が彼女へ集まった。
「一つずつでは駄目じゃ」
クロエは魔王因子を見据えたまま続ける。
「奴は、あらゆる攻撃に対して別の機能で補っておる」
「魔力回路を断たれれば作り直し」
「肉体を失えば再生し」
「供給を止められても別経路を築く」
「じゃから、一つの力では決して倒せぬ」
アーサーが聖剣を握り直した。
「なら、どうすればいい?」
クロエは静かに首を横へ振る。
「まだ分からぬ」
「じゃが、必ず突破口はある」
魔王因子から目を離さない。
「もう少しだけ時間を稼いでくれ」
「奴の仕組みを、必ず暴いてみせる」
アデラーンは静かに頷く。
「分かった」
ミュゲが杖を構え直す。
「皆さんを支えます」
サンセリテも精霊眼へさらに魔力を注ぎ込んだ。
「限界まで魔粒子を抑えます」
アーサーが聖剣を構え、力強く頷く。
「時間なら、俺たちが作る」
五人は再び魔王ニコラスへ向かって踏み込んだ。
その戦いの中で、誰よりも静かに思考を巡らせる者がいた。
学者クロエ。
彼女の導き出す答えだけが、不死の魔王を討つ唯一の希望だった。




