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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第9話 解析

 玉座の間では、激しい戦いが続いていた。


 アーサーとアデラーンが前衛に立ち、ニコラスの攻撃を食い止める。


 放たれた闇の奔流を、アーサーが光の魔法剣で斬り払う。


 分解し切れなかった魔力を、アデラーンが暗黒剣で断ち切った。


 その背後では、ミュゲが聖光結界を維持している。


 魔王因子から溢れ出す高濃度の魔素を分解しながら、傷ついた二人へ治癒魔法を施していた。


 サンセリテも精霊眼を開き、魔王城から流れ込む魔粒子へ干渉し続ける。


 しかし、誰もニコラスを倒すことはできない。


 斬り裂いた肉体は再生する。


 断ち切った魔力回路は作り直される。


 分解した魔素さえ、再び魔王因子へ吸収されていく。


 四人が戦い続ける中。


 クロエだけは、玉座の間の隅に立っていた。


 戦いへ加わることなく、ニコラスの肉体を見つめている。


 いや。


 正確には、その胸部で脈打つ魔王因子を観察していた。


 アーサーの斬撃を受けた時。


 アデラーンが魔力回路を断った時。


 ミュゲの光魔法によって肉体が分解された時。


 サンセリテが魔粒子の供給へ干渉した時。


 魔王因子がどのような反応を示したのか。


 クロエは、その一つ一つを記録していた。


「アーサー!」


 突然、クロエが声を上げる。


「次は腕ではなく、胸の中央を斬れ!」


「分かった!」


 アーサーが床を蹴った。


 迅雷のような踏み込みから、聖剣を振り抜く。


 光の魔法剣が、ニコラスの胸を横一文字に斬り裂いた。


 肉体が大きく開き、その奥に埋め込まれた黒い人工魔核が露出する。


 だが、傷口はすぐに閉じ始めた。


「アデラーン!」


「承知した」


 アデラーンが間合いへ踏み込む。


 暗黒剣を纏わせた刃が、ニコラスの胸へ走る。


 肉体ではない。


 魔王因子から伸びる魔力回路を狙った一撃。


 複数の回路が断ち切られた。


 その瞬間。


 ニコラスの身体が大きく揺れる。


 右腕から力が抜け、膝が僅かに落ちた。


 しかし、魔王因子が強く脈打つ。


 黒い魔力が枝のように伸び、切断された箇所を繋ぎ直していく。


 ニコラスの右腕が再び持ち上がった。


「やはり、そうか」


 クロエは小さく呟く。


「何が分かった?」


 アデラーンがニコラスから距離を取りながら尋ねる。


「魔王因子は、奴の生命そのものではない」


 クロエはニコラスの胸を見据えたまま答えた。


「肉体を動かすための魔力を供給しておる、外付けの魔導機関じゃ」


 ニコラスは生きているのではない。


 魔王因子から伸びる無数の魔力回路によって、肉体を動かされている。


 火属性の回路が体温を維持する。


 風属性の回路が心臓と肺を動かし、血液を循環させる。


 水と土属性の回路が、損傷した肉体を絶えず修復する。


 その接続が続く限り、ニコラスの身体は何度破壊されても再生する。


「つまり、あの回路をすべて断てば倒せるのか?」


 アーサーが問う。


「それだけでは足りぬ」


 クロエは首を横へ振る。


「先ほど見た通り、回路を断っても魔王因子が作り直す」


「ならば、作り直すための魔粒子を止めればよいのですね」


 サンセリテが答える。


「その通りじゃ」


 クロエは頷く。


「じゃが、長く止める必要はない」


 サンセリテ一人で、魔王城全体から流れ込む魔粒子を完全に封じ続けることは不可能だった。


 しかし。


 魔力回路を切断する一瞬だけであれば、すべての流れを同時に止められる可能性がある。


「サンセリテ」


「城から魔王因子へ流れ込む魔粒子を、一瞬だけすべて止められるか?」


 サンセリテは精霊眼で城内の流れを確認する。


 床。


 柱。


 壁。


 天井。


 地下深くまで続く無数の供給経路。


「長時間は不可能です」


「ですが、一瞬だけなら」


「それでよい」


 クロエは再びニコラスを見る。


 問題は、魔粒子の供給を止めた後だった。


 アデラーンが魔力回路を断つ。


 それだけでは、魔王因子は再びニコラスの肉体へ接続しようとする。


 その再接続を阻止する者が必要になる。


「アーサー」


「魔王因子から伸びる回路は闇魔法によって形成されておる」


「おぬしの光の魔法剣なら、接続そのものを分解できるはずじゃ」


「任せろ」


 アーサーは迷うことなく答えた。


 最後に必要となるのは、肉体から引き剥がした魔王因子を抑える者。


 クロエはミュゲへ視線を向ける。


「ミュゲ」


「分離した魔王因子へ、聖光結界を集中できるか?」


「できます」


「破壊は考えるな」


「まずはニコラスの肉体へ戻さぬことだけを考えよ」


「分かりました」


 作戦の形が、少しずつ組み上がっていく。


 サンセリテが魔粒子の供給を止める。


 その瞬間に、アデラーンが魔王因子と肉体を繋ぐすべての魔力回路を断つ。


 アーサーが、切り離された魔王因子との再接続を阻止する。


 ミュゲが聖光結界で魔王因子を封じ込める。


 そしてクロエは、四人の術式と魔王城の魔素の流れを観測し、実行の瞬間を指示する。


 誰か一人でも遅れれば、魔力回路は再生する。


 順序を一つでも間違えれば、魔王因子はニコラスの肉体へ戻る。


 一度しか使えない作戦だった。


「方法は一つだけじゃ」


 クロエが静かに告げる。


 四人の視線が集まった。


「魔王因子を壊すことは、今は考えぬ」


「まずは奴の再生を止める」


 クロエはニコラスの胸を指差す。


「魔王因子と肉体を完全に引き剥がすのじゃ」


 アデラーンは黒剣を握り直した。


 表情はいつもと変わらない。


 しかし、その視線だけが鋭く細められる。


「回路は何本ある?」


「数え切れぬ」


 クロエは即答した。


「一本残らず断たなければならぬ」


 通常の剣技では不可能。


 暗黒剣でも、一度に断てる回路には限界がある。


 アデラーンはしばらく魔王因子を見つめた後、静かに目を閉じる。


「そうか」


 それだけを告げた。


 クロエは、その声音に僅かな違和感を覚える。


 だが、問いかけている時間はなかった。


 ニコラスが両手を広げる。


 玉座の間を埋め尽くすほどの闇が、その身体から溢れ始めた。


「何を企んでいるかは知らない」


「だが、私は死なない」


 魔王城全体が激しく震える。


 膨大な魔粒子が、ニコラスの胸へ流れ込んでいく。


 クロエは四人を見渡した。


「誰か一人でも欠ければ、この作戦は成立せぬ」


「五人全員の力が必要じゃ」


 千年間、誰にも討つことのできなかった不死の魔王。


 その永遠を終わらせる、唯一の方法。


 五人の英雄による魔王討伐作戦が始まろうとしていた。

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