第87話 研究者
数日後。
ホルトン研究室。
フランソワが一人の女性の腕を引っ張っていた。
「ほらほらー」
「楽しいことしてる後輩がいるから、一緒に見に行こー」
「やだ……」
女性は首を横へ振る。
「引きこもっていたい……」
「人、怖い……」
「無理無理……」
今にも逃げ出しそうになる。
フランソワは気にする様子もなく、そのまま研究室まで引っ張ってきた。
「到着ー」
ホルトンは苦笑する。
「紹介しよう」
「ブッシャー・モローだ」
「元魔法省の研究員であり、若くして『大魔法師』となった研究者でもある」
「フランソワと卒業論文を共同で執筆し、同じく黄色号を授与された」
女性はおどおどと頭を下げた。
「……よろしく」
ホルトンは静かに続ける。
「非常に優秀な研究者だったが、その才能を疎まれ、人間関係で心を病んでしまってね」
「魔法省を退職し、今はフランソワの家で暮らしている」
ブッシャーは視線を落とした。
「……人が怖くなった」
「だから引きこもり」
フランソワは笑顔で肩を組む。
「居候ねー」
「放っておくと、ご飯も食べないし」
「……言わなくていい」
ブッシャーは小さく頬を膨らませた。
ホルトンは穏やかに微笑む。
「ちなみに、この二人は魔法学校時代からの親友だ」
ノエルが目を丸くする。
「卒業論文を共同で書いて、そのまま二人とも大魔法師になったんですか?」
「ああ」
「フランソワが完成形を見つける」
「ブッシャーが、それを理論として組み立てる」
「互いの長所を合わせ、一つの論文を完成させた」
フランソワは照れくさそうに笑う。
「私は難しいこと分かんないからねー」
ブッシャーは静かに頷いた。
「だから私が言葉にする」
ルシエとノエルは完成した魔導冷房機を見せた。
ブッシャーは装置を見る。
魔法式を見る。
論文を見る。
そして、小さく微笑んだ。
「……綺麗な理論」
ルシエは少し驚く。
「理論だけで分かるんですか?」
「うん」
「私は実験は得意じゃない」
「理論を見る方が好き」
フランソワが笑う。
「私は逆ー」
「理論とか細かいこと考えるの苦手」
「動けばいいもん」
ブッシャーは小さくため息をついた。
「だから私が論文を書く」
「フランソワは完成させる」
「私は、その理由を説明する」
ノエルは感心したように頷く。
「なるほど……」
ホルトンは静かに微笑んだ。
「研究者は、一人で完成するものではない」
「問いを見つける者がいる」
「理論を組み立てる者がいる」
「実験で確かめる者がいる」
「そして、誰よりも早く完成形を見る者もいる」
ホルトンはルシエたちへ視線を向ける。
「ブッシャーとフランソワの関係は、君たち二人によく似ている」
「互いに足りないものを補い合い、一人では辿り着けない答えへ辿り着く」
そして、穏やかに続けた。
「ルシエ」
「君は誰よりも、新しい問いを見つける才能がある」
「ノエルは、それを形にする実験の才能がある」
「ブッシャーは理論を組み立てる」
「フランソワは完成形へ導く」
ルシエは静かに目を閉じた。
ずっと、自分は実技が苦手だと思っていた。
誰かより魔法が下手だと思っていた。
けれど、違う。
研究者には、それぞれ役割がある。
誰かの真似をする必要なんてない。
ルシエはゆっくりと顔を上げる。
「私には……」
穏やかに微笑んだ。
「私にしか見つけられない問いがあります」
ホルトンは満足そうに頷いた。
「その通りだ」
「だから君は、研究者なんだ」




