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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第85話 引き算

 喫茶店。


 フランソワはルシエから受け取った論文を手に取った。


 ぱらり。


 最初の数ページをめくる。


 さらに数枚。


 最後のページへ視線を落とす。


 それだけだった。


 ルシエとノエルは固唾を呑んで見守る。


「んー」


 フランソワは論文を閉じた。


「理論は合ってるよー」


 ルシエは思わず身を乗り出す。


「本当ですか!」


「うん」


 フランソワは論文を開き直し、さらさらと赤線を引いていく。


「ここ、いらない」


 一本。


「ここも」


 また一本。


「あと、この魔法式」


「半分くらい削っていいよ」


 ノエルが目を丸くする。


「半分もですか?」


「うん」


 フランソワは当然のように頷いた。


「十分動くもん」


 さらさら。


「ここをこうして」


 さらさら。


「これをこっちへ」


 さらさら。


「最後は、ふわっと繋げたら終わり」


 あまりにも簡単そうに言う。


 しかし、ルシエとノエルは言葉を失った。


 複雑に絡み合っていた魔法式から、無駄だけが次々と削ぎ落とされていく。


 残ったのは必要最小限。


 シンプル。


 それでいて、美しいほど合理的だった。


 ホルトンは静かに微笑む。


「さすがだね」


 フランソワは論文を閉じた。


「でも、二人ともすごいねー」


 ルシエとノエルは顔を上げる。


「火属性魔法って、普通は暑そうって考えるでしょ?」


「なのに、冷やそうって思ったんだもん」


「そんなこと考える人、あんまりいないよ?」


 その何気ない一言に、ルシエは少し照れくさそうに笑った。


 ホルトンも静かに頷く。


「だからこそ、新しい理論は生まれる」


「常識を疑った者だけが、新しい道を切り開けるのだから」


 フランソワは立ち上がる。


「このあと時間あるから、実験室行っていい?」


 ホルトンは少し驚いたように笑った。


「珍しい」


「今日はずいぶんやる気があるじゃないか」


 フランソワはにこっと笑う。


「だって」


「アイスがいつでも食べられるようになるもん」


 ホルトンは苦笑した。


「では、行こうか」


     ◇


 実験室。


 ルシエとノエルが試作した火属性冷却装置が机の上に置かれていた。


 フランソワは装置の周囲を一周する。


 横から眺め、


 上から覗き込み、


 しゃがんで下も見る。


 しばらく黙ったあと、


「んー」


 と小さく呟いた。


「熱の逃げ道、狭くない?」


 その一言だった。


 ルシエの瞳が大きく見開かれる。


「……あっ!」


 ノエルも息を呑んだ。


「そうか!」


 今まで二人は、熱を逃がして冷やすことばかり考えていた。


 だから、熱の流れそのものを設計するという発想が抜け落ちていた。


 ルシエは急いで設計図を書き換える。


「熱の流れそのものを制御すればいいんだ……!」


 ノエルも魔法式を書き直す。


「逃がす経路まで最初から組み込めば……!」


 散らばっていた理論が、一つの答えへと繋がる。


 フランソワは満足そうに頷いた。


「うん」


「これならアイス、溶けないね」


 そう言うと近くの椅子へ腰掛け、お菓子を取り出した。


 ホルトンは穏やかに微笑む。


「フランソワは答えを教えない」


「ほんの少し視点を変えるだけで、相手自身に答えへ辿り着かせる」


 ルシエは夢中でペンを走らせる。


 もう迷いはなかった。


 最後の欠片は、埋まったのだから。

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