第84話 もう一声
喫茶店。
パフェを食べ終えたフランソワは、満足そうに息をついた。
「ごちそうさま~」
ホルトンはルシエへ視線を向ける。
「そういえば、先ほど言っていたね」
「まだ完成はしていないが、一度論文にまとめたと」
「はい」
「火属性魔法の新理論です」
ルシエは鞄から論文を取り出し、机へ置いた。
ホルトンは数ページ目を通し、静かに頷く。
「興味深い内容だ」
「未完成とはいえ、着眼点が実に面白い」
そして隣へ論文を差し出す。
「フランソワはどう思う?」
「んー?」
フランソワは論文をちらっと見る。
「難しそうだねー」
そう言うと、論文には手も付けず、自分の爪を眺め始めた。
陽の光を受けて、綺麗に塗られたネイルがきらりと輝く。
「この色、可愛いなぁ」
完全に興味を失っていた。
ルシエは心の中で思う。
(この人……)
(本当に、自分が興味のないことには、とことん関心がないんだ)
その時、不意に思い出す。
(そういえば……)
(アイスが好きって言ってた)
ルシエは静かに口を開いた。
「火属性魔法の新理論が完成して、魔道具へ応用できれば――」
フランソワはまだ自分の爪を見ている。
「真夏でも、アイスを溶かさず保存できます」
ぴたり。
フランソワの動きが止まった。
「今の魔導冷凍庫は、冷却性能があまり高くありませんよね」
「でも、この理論なら長時間、低温を維持できます」
フランソワがゆっくり顔を上げる。
「……ほんと?」
「はい」
少しだけ身を乗り出す。
「もう一声」
ルシエはすぐに続けた。
「真夏でも、冷えた葡萄酒が飲めます」
その瞬間だった。
フランソワの目が、今までで一番輝いた。
「その話、詳しく聞きたーい!」
勢いよく身を乗り出し、論文をひったくるように手に取る。
「どこどこ?」
「どうやって冷やすの?」
「本当にできるの?」
さっきまでとは別人だった。
ノエルは呆然と呟く。
「……アイスとお酒で釣れた」
ホルトンは慣れた様子で紅茶を一口飲む。
「昔から、この子はこうなんだ」
「興味を持たせるには、まず好物を見せる」
ルシエは少しだけ安心したように微笑む。
(これなら、話を聞いてもらえそう)
世界最高峰の大魔法師を動かしたのは――。
壮大な魔法理論ではなく、一つのアイスと、よく冷えた葡萄酒だった。




