第83話 ゆるふわ大魔法師
王都の喫茶店。
ホルトンに誘われ、ルシエとノエルはフランソワと向かい合って座っていた。
フランソワは運ばれてきた大きなパフェを見るなり、目を輝かせる。
「わぁ……!」
「美味しそう!」
嬉しそうにスプーンを手に取り、一口。
その瞬間、幸せそうに頬が緩んだ。
「おいしい~」
ノエルは思わずルシエへ小声で話しかける。
「……本当に大魔法師なのか?」
ルシエも同じことを考えていた。
目の前にいるのは、研究者というより、ごく普通の二十歳の女性にしか見えない。
ホルトンはそんな二人を見て苦笑した。
「君たちは、研究一筋の人間だと思っているかな?」
二人は黙って頷く。
ホルトンは肩をすくめた。
「残念ながら、その正反対だ」
「え?」
「フランソワは、研究より好きなものがたくさんある」
フランソワは元気よく手を挙げる。
「はーい!」
「お化粧!」
「可愛いお洋服!」
「お菓子作り!」
「料理!」
「編み物!」
「恋愛小説!」
「旅行!」
「葡萄酒!」
「甘い果実酒!」
「スイーツ!」
「アイス!」
次々と指を折って数えていく。
ノエルは思わず苦笑した。
「研究は入ってないんですね……」
ホルトンも笑いながら尋ねる。
「では、研究は?」
フランソワは少し考え込んだ。
「うーん」
「お父さんのお手伝い?」
あっけらかんと答える。
ノエルは固まった。
「……お手伝い?」
「うん」
「お父さんが困ってそうだったから」
「ちょっと手伝ってたら、大魔法師になってた」
ルシエとノエルは同時に固まる。
「「……え?」」
フランソワは不思議そうに首を傾げた。
「だって研究って、めんどくさいもーん」
あまりにも軽い一言だった。
ノエルは額を押さえる。
「今、世界中の研究者を敵に回しましたよ……」
「えー?」
フランソワはきょとんとする。
「でも、お父さんのお手伝いは好きだよ?」
「褒めてくれるから」
ホルトンは苦笑した。
「この子らしい理由だ」
フランソワはパフェをもう一口食べながら続ける。
「研究って楽しいけど、そればっかりだと疲れちゃうし」
「おしゃれしたり、美味しいもの食べたりしてる方が好き」
ホルトンは肩をすくめる。
「実際、私が頼まなければ、自分から研究室へ来ることはほとんどない」
「えへへ」
フランソワは悪びれる様子もなく笑った。
「お休みの日くらい遊びたいもん」
ノエルは頭を抱えた。
「いや……」
「そんな人が、史上最年少クラスの大魔法師なのかよ……」
ルシエも驚きを隠せない。
「私、もっと四六時中研究されている方だと思っていました」
「違う違う」
フランソワは手をひらひら振る。
「研究は好きだけど、一番じゃないよ」
「好きなことを楽しんでたら、たまたま研究も上手だっただけ」
あまりにも自然な言葉だった。
ルシエはふとホルトンへ尋ねる。
「先生は、どうしてフランソワさんを養女になさったのですか?」
ホルトンは少しだけ目を伏せた。
「魔王時代の話だ」
その一言で、場の空気が静かになる。
「フランソワは、魔物の被害で両親を亡くした」
「まだ幼い子どもだった」
フランソワは静かにパフェを口へ運ぶ。
その表情に悲しみはない。
何度も乗り越えてきた記憶なのだろう。
ホルトンは穏やかな声で続けた。
「私は被災地で復旧支援をしていてね」
「そこで、この子と出会った」
「放ってはおけなかった」
「それだけだよ」
優しく微笑む。
「気付けば、一緒に暮らしていた」
フランソワもにこりと笑った。
「お父さん、優しかったもん」
「いっぱい美味しいもの食べさせてくれたし」
「可愛い服も買ってくれたし」
「毎日楽しかった!」
ホルトンは照れくさそうに笑う。
「養女に迎えて間もない頃だった」
「まだ五歳くらいだったかな」
「新しい杖を買うため、魔道具店へ連れて行った」
◇
オルジー魔法杖工房。
店内には、大小さまざまな杖が並んでいた。
幼いフランソワは目を輝かせる。
「わぁ……!」
「かわいい杖がいっぱい!」
ホルトンは一本の杖を手に取り、優しく微笑んだ。
「持ってみるかい?」
「うん!」
小さな手が杖へ伸びる。
その瞬間だった。
カタカタ……。
棚に並んでいた杖が、一斉に震え始めた。
杖に埋め込まれた魔石が淡く輝く。
杖へ刻まれた魔法式が、次々と光を帯びていく。
まるで互いに呼応するように。
店内の魔素が揺れた。
魔粒子が共鳴した。
店主は目を見開く。
「な、何だ……これは……!」
ホルトンも息を呑んだ。
何もしていない。
魔法を使ったわけでもない。
ただ、杖へ触れようとしただけだった。
◇
話を聞き終えたノエルは、静かに首を横へ振った。
「……あり得ません」
ルシエは不思議そうに首を傾げる。
「あり得ない?」
ノエルは真剣な表情で頷いた。
「杖は魔法を生み出す道具ではありません」
「魔力回路を補助し、魔力伝導率や魔法式の安定性を高めるための魔導具です」
「術者を補助することはあっても、杖の方から反応する機能なんて存在しません」
「まして、店中の杖が一斉に共鳴するなんて……」
ゆっくりと息を吐く。
「聞いたこともありません」
ホルトンは静かに微笑んだ。
「あの日、私は確信した」
「この子は、魔法に選ばれたのではない」
「魔法そのものに愛されているのだと」
喫茶店に静寂が流れる。
当の本人だけが、のんびりとパフェを食べ続けていた。
「このアイス、おかわりしたいなぁ」
ノエルは苦笑しながら肩を落とした。
「……天才って、こういう人のことを言うんですね」
ホルトンは静かに頷く。
「才能は、人それぞれだからね」
ルシエは目の前で幸せそうに笑うフランソワを見つめた。
世界最高峰の魔法実装技術を持つ大魔法師。
魔法そのものに愛された天才。
その正体は――。
研究よりも、お父さんのお手伝いとスイーツが大好きな、ゆるふわなお姉さんだった。




