第81話 研究を休め
論文を書き終えた翌日。
王立魔法学校・魔法実験室。
ルシエは朝から試作機の前へ立ち、設計図を見つめていた。
「熱の逆流……」
「どこで起きているのでしょう」
何枚もの図面を机へ並べ、何度も見比べる。
しかし、答えは見つからない。
ノエルはそんなルシエを見つめ、小さく息を吐いた。
「……煮詰まってるな」
ルシエが顔を上げる。
「そうでしょうか」
「そうだ」
ノエルは設計図をそっと閉じた。
「今日は研究をやめよう」
「えっ?」
「視野が狭くなってる」
「同じものを何時間も見続けても、新しい答えは出てこない」
ルシエは慌てて首を振る。
「ですが、あと少しなんです」
「その『あと少し』が見つからないから困ってるんだろ」
「それは……」
「だから、一度忘れよう」
ノエルは笑う。
「息抜きだ」
「街へ行こう」
ルシエは少し迷ったものの、小さく頷いた。
「……分かりました」
◇
王都。
休日ということもあり、大通りは多くの人で賑わっていた。
露店。
洋服店。
雑貨屋。
パン屋。
様々な店が軒を連ねている。
ノエルは周囲を見回しながら言う。
「今日は研究禁止」
「はい」
「魔法のことも禁止」
「はい」
「論文も禁止」
「はい」
「ちゃんと休めよ」
「もちろんです」
ルシエは素直に頷いた。
その直後だった。
「あの冷房設備……」
店先へ設置された魔導冷房機をじっと見つめる。
「排気口が壁の高い位置にありますね」
「熱は上へ移動する性質がありますから、その方が効率的――」
「ルシエ」
「……はい?」
「研究禁止」
「すみません」
◇
次に立ち寄った雑貨店。
ルシエは保存棚の前で立ち止まる。
「食品ごとに棚の高さを変えて……」
「空気の流れを利用しているのでしょうか」
「もし冷気を循環させるなら――」
「ルシエ」
「はい……」
ノエルは苦笑する。
「今、何考えてた?」
「保存効率です」
「だよな」
◇
さらに歩く。
宝石店。
飲食店。
宿屋。
ルシエは建物を見るたび足を止めた。
「魔法陣の配置が……」
「壁の厚みは断熱のためでしょうか」
「窓を小さくして熱を逃がさない設計ですね」
ノエルは額へ手を当てる。
「全然休んでないだろ……」
ルシエはきょとんと首を傾げた。
「観察しているだけですよ?」
「それを研究って言うんだ」
「あ……」
ようやく自覚したのか、ルシエは少しだけ頬を赤くする。
「すみません……」
「もう病気だな」
ノエルは呆れたように笑う。
「研究者っていう病気だ」
ルシエは照れくさそうに笑みを浮かべた。
「……治らないかもしれません」
「だろうな」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
研究の答えは、まだ見つからない。
それでも、少し肩の力は抜けていた。




