第78話 あと一歩
翌日。
王立魔法学校・魔法実験室。
机の上には、ルシエが一晩かけて描き直した火属性魔法式が何枚も並べられていた。
熱を消すのではない。
熱を移動させる。
その新理論を形にした、渾身の魔法式だった。
「これでいきましょう」
ルシエが静かに告げる。
ノエルは頷いた。
「ああ」
試作七号機。
ノエルは魔法石へゆっくりと魔力を流し込む。
赤く輝いた魔法式が静かに起動した。
次の瞬間。
実験室へ、ひんやりとした風が吹き抜けた。
「冷えた……!」
ルシエは思わず声を漏らす。
温度計の針がゆっくりと下がっていく。
三十度。
二十八度。
二十六度。
二十四度。
順調だった。
ノエルが思わず笑みを浮かべる。
「成功だ!」
しかし――。
二十三度。
二十四度。
二十六度。
二十九度。
下がっていた温度が、今度はゆっくりと上昇し始める。
やがて実験室は、元の暑さを取り戻してしまった。
ルシエは測定器を見つめたまま、小さく呟く。
「熱が……戻っています」
◇
試作八号機。
失敗。
試作九号機。
失敗。
試作十号機。
結果は、どれも同じだった。
一度は確かに冷える。
だが数十秒もすると、室温は必ず元へ戻ってしまう。
ルシエは失敗ノートを開き、静かに書き込む。
『熱逆流』
その文字の周りには、これまで積み重ねてきた無数の失敗が並んでいた。
ノエルは椅子へ腰を下ろし、大きく息を吐く。
「理論は間違っていない」
「でも、何かが足りない」
ルシエは何枚もの設計図を机いっぱいに広げた。
熱は移動している。
そこまでは証明できた。
なのに、なぜ戻るのか。
なぜ温度を維持できないのか。
「違う……」
一枚。
「これでもない……」
また一枚。
何度も見直す。
何度も書き直す。
答えは、すぐ目の前にある気がする。
それなのに、あと一歩が届かない。
気が付けば、夕日が実験室を茜色に染めていた。
ルシエはペンを置き、小さく息を吐く。
「……あと少しなのに」
ノエルは設計図へ視線を落としたまま頷く。
「ああ」
「あと一歩だ」
二人は再び机へ向き直る。
答えは、きっとすぐそこにある。
そう信じて。




